エセックスというピアノがあります。
これはスタインウェイが展開する廉価ピアノのブランドで、設計にはスタインウェイの手が入っているらしく中国のパールリバーで委託生産されている小さなピアノです。日本のカワイ楽器で生産されるボストンが同様の位置づけだったことは周知の通りですが、エセックスはさらにそれよりも安い、いわばグループの最下部をささえるという使命を帯びたブランドというわけでしょう。
これをまとめて弾いたことがなかったので、市内のスタインウェイ特約店に行って少し弾かせてもらいました。
同サイズの小型グランドが3台ありましたが、はじめにさる有名ピアニストが最も気に行って購入すべく選んだという一台を弾かせてもらいましたが、マロニエ君にはハアそうですか…ぐらいにしか思いませんでした。もう一台も同様で、中国ピアノに共通するタッチの鈍い感じと、あまり上品でないキンキン気味の音が気になりました。もちろん値段はかなり安く、ものの価値判断は価格を前提にしながら下すべきなので、純粋に費用対効果という意味からいえばそれなりの価値があるのだろうとは思いました。
忘れてならないのは、エセックスは多くが色物ピアノなので、通常ならこれだけで2~30万アップになることを考えるならますますその割安感は説得力を持ちますし、内部のことは別とすれば、見た感じはなかなかきれいに仕上がっていると思います。
最後に一番左にあったピアノを弾くと、タッチが先の2台とは明らかに異なりました。
音もはるかに上品で、中国ピアノ特有のちょっと気に障る音がフォルテ以外ではほとんどしませんし、タッチもしっとりしているのに反応も良く、均一感もあり、これはなかなかじゃないかと思いました。店主の談によると、この一台だけが多少古い展示ピアノで、残り2台は文字通りの新品だそうです。
経験的にそんなことはないと思いつつ、多少弾き込まれた故の違いかと思っていたら、店主の方が思い出されて、やはりそのピアノだけは名のある技術者の方が以前にずいぶん手を入れられたとのことでした。
それなら納得です。
聞けば、エセックスは安い分、出荷調整なども不十分で、販売店泣かせの一面があるようです。高額商品ならどれだけでも手間暇かけて最高の状態に仕上げることも可能でしょうが、安いピアノにあまりそれをするとビジネスバランスに障りが出るようです。スタインウェイの同じサイズならこのエセックスが6台かそれ以上買えるのでしょうから、なにごともコストと利益が重要視される社会ではやむを得ないことなのでしょう。
しかし、それでもなんでも、やはり優れた技術者が手間暇をかけたピアノというのは格別な味わいがあるものですし、それがいかに大切かということを再確認させられました。
マロニエ君ならそのぶん別料金を払ってでも、入念な調整をお願いすると思います。なぜなら、それをするかしないかでピアノの価値は2倍になるか、はたまた半分で終わってしまうと思うからです。