店選びの明暗

ちょうどお盆休みで東京の友人が帰福していたので、久々に糸島のピアノ工房に行きました。
この不景気をよそに工房内にはピアノが10台以上あり、その中には納品待ちのものも数台見かけました。

まもなく購入者のもとに届けられるというヤマハのC3も、スカッとした仕上がり状態で、ここのご主人の迷いのない良心的な作業スタンスを感じます。
ほぼ完全なオーバーホールを施された状態で、主な消耗品は新品に交換されており、弦やハンマーには輸入物のパーツさえ組み込まれているのは、巷でいうところのスペシャルバージョン仕様です。
ハンマーはさりげなくレンナーを装着して、余分な響きを排した芯のある明晰な音に仕上がっていました。
残る作業は黒鍵を黒檀に交換することだそうで、まさに「スペシャルピアノ」です。

そのピアノの価格を聞いておどろかされました。
具体的な金額は書きませんが、およそこの手のリニューアルピアノの一般的な相場からは遠くかけ離れたもので、おまけに運送費まで込みの低価格には呆れるばかりでした。
こういう良質なピアノをそんな価格で手にできる人は、国内にもわずかしかいないはずで、なんともうらやましい限りです。

入荷した中古ピアノにほとんど何もせず、チョチョッとボディを軽く磨くだけで、ちゃっかり相場価格で売りさばいていく店も決して珍しくない中、ここまで手を入れた良質なピアノを提供する店もあるということは、中古ピアノほど店選びがものをいう世界もないということでしょう。
それによって購入者のその後の運命が大きく変わるといっても過言ではありません。

このC3は無論のこと、ここの非売品のカワイのセミコンも、そのタッチがまた憎らしいほど素晴らしいものでした。
ここのご主人の作り出す軽やかでしっとりしたタッチは、昔から一目置くに値するものがありましたが、このところいよいよ磨きがかかってきたらしく、奏者の快適な弾き心地というものをより深い領域まで追い込んだ観があり、改めて感銘を受けました。

ピアノの命が音であることは言うまでもないとしても、弾く者にとって理想的なタッチは、演奏という現実の物理行為においては何物にも代えがたい直接的重要性があります。
理想的なタッチは、奏者に新たなイマジネーションをもたらし、音楽の間口と可能性を押し広げるものだと言えるようです。

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