成熟した社会では、弱者に対して思いやりの心と手厚く温かい対応が必要とされることはいうまでもないことですが、ときどきそういう高尚な理念とはかけ離れた光景を目にして、大いに疑問に思うこと、違和感を感じることがあるのは決してマロニエ君だけではないはずです。
過日もデパートに行って、満員で乗れない人も多く出るような状況のエレベーターに、何憚ることなくベビーカーを突っ込んでくる人がいるのは見ていてあまり気持のいいものではありませんでした。
それもお母さん一人という状況ならわかりますが、両親そろっているのなら、混み合う満員のエレベーターに乗るときぐらい、公衆道徳といえば言葉が硬いでしょうが、臨機応変に子供を抱いてベビーカーを畳むぐらいのことをしたらどうかと思います。ひどいのになると、夫が子供を抱き、妻が空のベビーカーを悠々と押して入り、ぐいぐいと奥に詰めて場所を空けろといわんばかりのパターンもあります。
また、知り合いと一緒に買い物らしく、二台同時に入ってくることがありますが、ベビーカーというのは意外にサイズもあり、それが二台ともなると、普通の人が乗る数は多いに制限を受けますが、ベビーカーというものがまるで社会特権でももっているかのようなどこか高慢な態度と表情が、迷惑をかけているまわりの人達の心証にとどめを刺すように思います。
もちろんベビーカーをエレベーターに乗せるのが悪いと言っているのではありません。しかし、わずかでもスペースを譲り合うべき状況で、他人にやむを得ぬ迷惑をかけることに、なんの躊躇も遠慮も感じていない様子を目撃するのは、決して珍しい光景ではありません。まるで子供を盾にして自分の露払いをしているような印象。
しかも、あまりにも他人への思いやりがないために、人の荷物を引っかけたり、あやうく老女がつまずきかけるのを目撃したこともありますが、だいたいこの手の親は、ちょっとしたお詫びのひと言もなく、赤ん坊という最大の弱者を連れていることで、どことなく「生類憐れみの令のお犬様」のような圧力を感じてしまいます。
一番驚いたのは、やはりエレベーターで、さんざん人をよけさせた挙げ句に入ってきたベビーカーでしたが、なんとそこに赤ちゃんの姿はなく、買い物の荷物ばかりが積み込まれていて、これにはエレベーター内の乗客は呆気にとられ、無言の視線をその女性に送っていましたが、その女性ときたら何の悪びれたところもなく、必要以上に堂々としていたのが印象的でした。