逢い引き

NHKの衛星映画で放映された『逢い引き』を録画していたので見てみました。
1945年製作のイギリス映画で、いわゆるコテコテの恋愛映画の古典的名作のひとつです。

ふとした偶然のいたずらから出会ってしまった、ごくありふれた中年の男女。互いに家庭がありながらも一気に深い恋に落ちてしまうというもので、それぞれが築いてきた家庭と、この降って湧いたような真剣な恋の板挟みで、愛し合うほどに苦しみから逃れることができないという、この手の作品の草分け的な存在だろうと思います。

この悲恋を描いた映画には、全編にわたってラフマニノフのピアノ協奏曲第2番が効果的に使われていて、あるいはそれで有名になった映画といえるかもしれません。
互いに惹かれ合う気持ちを押しとどめることができず、真剣になればなるほどその喜びは深い苦悩に変貌し、どうにもならない現実が二人の前に立ちはだかりますが、その純粋な恋心と絶望をいやが上にもラフマニノフの音楽が後押ししてきます。

というか、もともとこのコンチェルト自体がどこか甘ったるい映画音楽のような趣もあるので、こういう使われ方をするのもいかにも自然なことのように思えますが。

それにしてもすでに65年も前の映画ですから、当然モノクロで、時代背景から倫理観にいたるまで、なにもかもがとてつもなく旧式なのですが、音楽にも時代を感じさせる点がいろいろありました。

演奏は全般的に衒いなく直情的で、現代のようにアカデミックで説明的で、それでいてピアニスティックに聴かせるということが微塵もありません。とくにオーケストラの各パートは、フレーズの波を非常に熱っぽく歌い上げるような演奏しているのが印象的で、それ故に音楽の一節一節が人の心にぐっと染み込んでくるような生々しさがありました。
こういう演奏を聴くと、現代の演奏は緻密でクオリティは高いけれど、音楽が本来内在している情感の温度は低く、無機質でどこか白けていると思ってしまいます。

またピアノの音色がいわゆる昔のピアノ特有の、いかにも厳選された材質を惜しみなく投じて作ることのできた時代のピアノの音で、まことに気品のある豊饒な響きをもった音でした。
決して表面的なパワーや華やかさで鳴っているのではなく、純度の高い美音が深いところから太く柔らかく鳴り響いてくるあたりは、思わず聞き惚れてしまい、それを聴くだけでも価値がありました。

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