スタインウェイの特集

メジャー音楽雑誌のひとつであるモーストリー・クラシックの最新号(12月号)は「ピアノの王者 スタインウェイ」と銘打つ巻頭特集で、全180ページのうち実に65ページまでがこの特集に充てられています。

別の音楽雑誌でも、今年の夏頃、楽器としてのピアノの特集が数号にわたって連載されましたが、いかにもカタチだけの深みのない特集で、立ち読みでじゅうぶんという印象でした。

それに対して、モーストリー・クラシックのスタインウェイ特集は量/質ともにじゅうぶんな読み応えのあるもので、こちらはむろん迷うことなく購入しました。
巻頭言はなんとドナルド・キーンによる「ピアノの思い出」と題する文章で、若い頃にラフマニノフはじめマイラ・ヘスやグールドの演奏会に行ったことなどが書かれており、また自身が幼少のころピアノの練習を止めてしまったことが今でも悔やまれるのだそうで、それほどの音楽好きとは驚かされました。
これまで見たことがなかったような、ニューヨーク・スタインウェイの前に端然と座るラフマニノフの鮮明な写真にも感動を覚えます。

他の内容としてはニューヨーク工場の探訪記や、スタインウェイの音の秘密などがかなり詳細に紹介されているほか、日本に於けるスタインウェイの輸入史ともいえる松尾楽器時代の営業や技術の人の話や様々なエピソード。
ボストンやエセックスなどを擁する現在のビジネスの状況や、ピアノの市民社会における発達史、さらにはスタインウェイとともにあった往年の大ピアニストの紹介、文筆家&ピアニストの青柳いづみこ女史による110年前のスタインウェイを弾いての文章。名調律師フランツ・モアの思い出話、ラファウ・ブレハッチ、小川典子などのインタビュー等々いちいち書いていたらキリがないようなズッシリとした内容でした。

この特集とは別に20世紀後半を担ったピアニストとしてアルゲリッチとポリーニが4ページにわたって論ぜられていたり、巨匠名盤列伝でケンプのレコードの紹介があったりと、ずいぶんサービス満点な内容でした。

ところで、思わず苦笑してしまったのはヤマハの店頭でした。
このモーストリー・クラシックの表紙には、嫌でも目に入るような黄色の大文字で「ピアノの王者 スタインウェイ」とバカでかく書かれているのですが、折しもショパンコンクールでは史上初めてヤマハを弾いた人が優勝したので、こんな最高の宣伝材料はなく、まさにこれから賑々しい広告活動に取りかかろうという矢先、実に間の悪いタイミングでこんな最新号がでたものだから、もしかしたら全国の店舗にお達しが出たのかもしれません。

普段なら各メジャー雑誌は表紙を表にして平積みされており、このモーストリー・クラシックもそのひとつだったのですが、今回ばかりは他のマイナー誌と一緒にされて、細い背表紙だけをこちらに向けて目立たない奥の棚に並べられていました。あんなにたくさん立てて並べるほどの雑誌が手前に置かれないこと自体、いかにも何かの意志が働いたようでみるからに不自然で笑えました。
気持はわからないではありませんが、なんだかあまりに単純で幼稚。せっかく良いピアノを作って栄冠も勝ち得た堂々たるメーカーなのに懐が狭いなあと思いましたが、企業魂とはそういうものなのでしょうか?

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