アジアの台頭

現在、世界には正確な数さえ掴めないほどの夥しい数のピアノコンクールがあるそうですが、そんな中でも最上級のというか最難関といえる名の通った権威あるコンクールは、せいぜい両手の数ぐらいではないでしょうか。

この国際コンクール。ある時期から日本人の参加者が猛烈な勢いで増加して、主催者はじめ周辺を驚かせているという時期があったのはマロニエ君も覚えがあって、ブーニンが優勝した1985年のショパンコンクールあたりから明瞭に耳にするようになった記憶があります。
当時審査員だった園田高広氏は、その日本人参加者の団体を引き連れてくる親分のように審査員仲間から言われたというような意味のことを、帰国後ご本人がしゃべっているのをテレビで観たほどです。

チャイコフスキーコンクールなども同様で、どこも名だたるコンクールのステージには日本人が大挙して参加し、客席はそれを応援する日本人聴衆で溢れかえり、使われるピアノも日本製があるなど、名だたるコンクールは今や日本人大会と思っていて間違いないなどと嫌悪的に言われた時期がありました。

その後は中国と韓国の台頭が目覚ましくなり、今ではこの二国が世界の主要コンクールの中心を占めるようになり、同時に日本人の参加者は減少傾向にあるようです。これらは一つには、ピアノに対する東洋勢のパワーというのもある反面、欧米のピアノ学習者の数が減少しているという二つの現象が合わさったでもあるのです。

あるピアノのコンクールに関する本を読んでいると、興味深い記述が目に止まりました。
欧米人の参加者が減少していったのは、ピアニストというものが幼少時から厳しい訓練と努力を課せられ、いわば青春時代までのほとんどすべてをピアノのために捧げて育つようなものですが、そうまで一途に励んでも、先がどうなるかはまったくの未知数という、いうなればあまりにリスクの高いピアニストへの道をもはや目指さなくなり、同じ人生をもっと効率よく確実に豊かに生きていこうという計算をするようになり、音楽は趣味が一番という考え方に変わったきているということでした。

まさにむべなるかなで、努力対効果という点でピアニストへの道ほど効率の悪い、理不尽なまでに報われない世界はこの世にないような気がします。
例えば、ショパンコンクールに出場し、さらに一次に受かるような力があれば、これはひとつのジャンルにおいて世界の中の若手40人ほどの精鋭に選ばれたことになるわけですから、他のジャンルでそれに匹敵する実力をつけて職業にすれば、おそらく確実にエリートであり、輝くような地位と報酬が約束されるのはおそらく間違いないでしょう。

ところが、ピアノに限っては、そんな程度ではなんということはありません。
ましてやコンサートピアニストとして認められ、演奏のみを職業として一生涯を送るとなると、桁外れの才能とよほどの幸運が味方しなければまず巡ってくることなどないでしょう。
現に著名コンクールに上位入賞しておきながら、そのあとがどうにも立ち行かなくなり、とうとうコンピューターのプログラマーに転身したというような人もいるとか。

マロニエ君も思いますが、ピアニストになる修行なんて、少しでも冷静に先が見えてしまっならできることじゃなく、まして親ならそんな報われない道へ我が子を進ませようとは思わないでしょう。
たとえ愚かであっても、いつの日か自分や我が子が晴れやかなステージで活躍し喝采を受けるシーンを想像して奮闘できなければ、あんなべらぼうな努力と苦しみの日々なんて耐えられるわけがありませんからね。
その本によれば、音楽の本場であるはずの欧米人(そろそろ日本人も?)はある時期から皆舞台を降りて、客席へと自分達の居場所を変えつつあるのだそうです。

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