「水に入る前は必ず準備運動をする」というのは小学校のプールの時間などでは当然のこととされ、はやる気持ちを抑えながらしぶしぶ実行させられていたものです。
その必要性が、いまごろになってなってピアノでわかっていたような気がします。
むかしレッスンに通っていたころは、ハノンのような純粋の指運動からはじまり、ツェルニーなどの練習曲を経由して、最後になんらかの曲を弾くというのがパターンでした。
しかしレッスンに行かなくなってからというものは、そんな義務的な順序など守るはずもなく、いつもいきなり好き勝手に曲を弾いていましたが、だんだんとそういうやり方はよくないのでは?と(今さらあまりに遅いですが)感じるようになりました。
そもそもマロニエ君が下手くそということもあるのですが、いきなり曲に入るとなかなか指が思うように動いてくれません。しかし、たまに長時間弾き続けた時などは、途中からいやでも指がほぐれて、自分なりに指がよく動くようになるのを感じることがあるものです。この状態を人工的に短時間で作り出せないものかと考えるようになったわけです。
そこで、この一年ほどある連続運動を要する曲を、通常のテンポの2倍ぐらい遅いスピードで2回ほど丹念に通して弾くような習慣をつけてみると、これがはっきりと効果を上げたのは我ながら驚きました。
さらにごく最近は、弾きはじめる前に、5分ぐらいかけて両手を使ってお互いの指の間を縦横にゆっくりと押し広げるようにほぐす、あるいは左右互いの手で力一杯握ってみるなどすると、さらに効果があることがわかりました。
いきなり水に飛び込むのではなく、プールサイドでじっとガマンの準備運動というわけです。
これはゆっくり弾くからこそ効果があるようで、それを普通のテンポでやるとまるで効果がないことも経験的にわかり、これまたひとつの発見でした。
ちなみにマロニエ君がこの準備運動に使っている曲はショパンのエチュードop.25-1「エオリアンハープ」ですが、このめっぽう音数の多いアルペジオ地獄みたいな作品を、ゆっくりと老人のようなスピードで一定して弾いてみるのはそれなりに大変で、すべての音をきちんと出してあくまでも丁寧に弾くにはかなりのきつさがあり、一回弾き終えただけでも相当の運動になるものです。そして2回目は心もちスピードを上げます。
たとえばトントンと普通に降りられる階段を、敢えて3倍のスピードをかけてスローモーションのようにゆっくり降りろと言われたら、見た目は静かでも、これは筋肉を非常に使うきつい運動になるのと似ているような気がするのです。
ピアノには指を早く動かす訓練だけでなく、こういうスローな訓練も関節や筋肉のためには意外と役に立つように感じているのですが、実践しているという話はあまり聞いたことはありません。