むかしは子だくさん

天神で用事を済ませ、駐車場に向かっていると、ばったりと知り合いの先生に会いました。
この方はマロニエ君の音楽上の母校である学院で、現在も先生と事務を兼任しておられますが、なにより無類の音楽好きで、これはピアノの先生の中では例外中の例外です。
恐かった先代院長が高齢で一線を引かれて久しく、現院長はドイツを拠点にした現役ピアニストなので、実質的にこの方が能力を買われて学院を切り盛りしていらっしゃいます。

出会い頭にばったり会って双方驚きましたが、ここしばらくお会いしてなかったので懐かしく立ち話ができました。
やはり学院も昔とはちがって人が少なくなったということでした。

そもそも現代は少子化で子供の数が減っている上に、今どきはピアノのお稽古といっても、この学院の体質である厳しいスパルタ式のピアノ教育を受けるべく身を投じるような時代ではなくなったので、これも止む得ない時の流れだと思いました。

今は普通の学校でもとにかく先生方はみなさん一様に優しいそうで、それは結構なことでしょうが、同時になんだかつまらない気もします。
マロニエ君の時代は、普通の学校でもとくに恐い憎まれ役の先生というのがひとりふたりは必ずいて、なにかしでかせば躊躇なくげんこつやビンタなんてのも珍しくはありませんでしたが、今そんなことでもしようものなら親が学校に噛みつき、校長はあわて、教育委員会のようなところが騒ぎ出す時代ですからね。

ましてや否応なくピアノを生活の中心中央に組み入れさせられ、学校さえ時間の無駄というような強烈なやりかたなど、もはや骨董的価値の世界でしょうね。
でも不思議と恐かった先生というのは恨んでいるわけではなく、むしろ懐かしい思い出には欠かせない人物になっていますが、現代の子供はそういう懐かしさを持てないのかと思うとちょっと気の毒な気がします。

少子化が引き起こす社会問題はあらゆる局面に波及して、これをなんとか食い止めようと政府もばかばかしい対策を講じているそうですが、文明が進み、医学が進歩して高齢化社会になれば、それだけ出生率は下がるという摂理があるような気がします。
現にマロニエ君の親の代では兄弟姉妹が多く、その中の必ず何人かは子供のころに亡くなっていたりするのが普通だったようです。どこの家もだいたい似たようなもので、そういう様々な要因が自然に折り重なって子供もたくさん産まれたのだろうと思います。

さらに昔でいうと、徳川将軍家でさえも世継ぎや姫達は幼少時に次々に病気などで亡くなり、無事に生き延びる方がはるかに少ないくらいです。
J.S.バッハなど20人近い子供がいても半分以上が亡くなっていますし、ヴァイオリンのカリスマ的名工、ストラディヴァリも11人の子供がいたというのですから、これはもう理屈ではなく時代の力という気がします。

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