友人が新聞の切り抜きをくれました。
マロニエ君がピアノ好きであることを知って、ときどきこういうことをしてくれるのでありがたいことです。
それによると京都の青蓮院(天台宗の寺院)で今月10日、ブリュートナーのグランドピアノを使ったフジコ・ヘミングによる奉納演奏が行われたそうです。
そのブリュートナーは1932年製のもので、青蓮院にこのようなピアノがあるのは先代門主の東伏見慈洽(今年満100歳)がピアノを嗜んだという思いがけない理由があるからのようです。
この東伏見慈洽は久邇宮邦彦王の三男で、香淳皇后(久邇宮良子女王)の弟にあたります。
大叔父である東伏見宮依仁親王に子がなかったために、曲折の末に東伏見宮を継承することになり、戦後の臣籍降下を経て、仏門に入り青蓮院の門主となったようですが、ピアノは昭和7年(22歳のとき)に近衛秀麿指揮の新交響楽団(NHK交響楽団の前身)でハイドンの協奏曲のピアノの録音演奏を行うほどの腕前で、それはCDにも復刻されているとか。
ちなみにこれは、ハイドンのピアノ協奏曲の世界初の録音となったそうです。
慈洽氏(猊下と言うべきか…)は仏門に入ってからもピアノを弾いておられたようで、子息で現門主の慈晃氏によると、ベートーヴェンのワルトシュタインなどの譜めくり役で演奏に随行したこともあるとか。
ところが、このピアノはあるころから経年による疲労が見え始め、いつしか内部はカビが生え、鍵盤を押しても鳴らない音があったり、鍵盤そのものが最初から下がりっぱなしのものがあるなど、ここ20年ぐらいは弾かれない状態になっていたといいます。
それでも慈洽氏がこのピアノを手放さなかったらしく、終戦の直前などは居所を転々として財産をあれこれ処分する中にあっても、このピアノだけは慈洽氏の手元を離れることは決してなかったということです。
そのピアノが製造から80年近く経って、ついに修復を受けることになり、青蓮院の書院からクレーンでつられて搬出され、1年がかりで全面的な修理を受けたというものでした。費用は新品のグランドが一台買えそうな金額になったとか。
それにしても皇族でこのようなピアノの名手がこの時代に存在したということも驚きでした。
しかし思えば、今上天皇はチェロをお弾きになり、東宮殿下もヴィオラを弾かれるのは有名ですから、西洋音楽に対する造詣も深いという一面は日本の皇族の隠れた伝統なのかもしれません。
記事にはマッチ箱ほどの大きさの写真がありましたが、それから察するにこのブリュートナーはコンサートグランドのようで、このピアノ一台で購入当時は小さな家が4軒建ったといわれていたそうです。
以前も岡山かどこかで見事に修復されたグロトリアン・シュタインヴェークをルース・スレンチェンスカ女史を招いてお披露目するという番組をやっていましたが、最近は日本でも高度なピアノ修復の技術が珍しくないものになってきたようですから、こういう由緒あるピアノがあちこちで息を吹き返していくのは嬉しい限りです。