オピッツのベートーヴェン

ゲルハルト・オピッツのピアノリサイタルに行きました。
オール・ベートーヴェン・プロで第15番「田園」、第18番、第26番「告別」、第21番「ワルトシュタイン」の4曲でしたが、前半と後半では印象が大きく異なるコンサートでした。

前半の第15番「田園」と第18番はいずれも非常によく弾き込まれており、ベートーヴェンの語法をよくわきまえた理性的で誠実さのあふれた演奏でした。しかし、後半の告別とワルトシュタインでは躍動と迫真の大いなる欠如をもって、こちらはあれっと思うほどパッとしないものでした。
前半はどちらかというとリリックな作品なので、それがオピッツの演奏に向いているのでしょう。

彼はとても真面目な演奏家だと思いますが、全体に抑制感のある小振りなベートーヴェンで、喩えて言うならフルオーケストラではなく、小編成の室内オーケストラのような重量感の乏しい演奏でしたから、まずもってベートーヴェンを聴いたという実感があまり得られませんでした。

後半、告別の第一楽章の時点からちょっと変だなという印象が芽生えたのですが、どうもこういう曲はあまりお得意ではないようです。しかし、ブレンデルが引退した現在、中堅で数少ない「ベートーヴェン弾き」で鳴らしたオピッツですから、お得意でないでは済まされないものを感じました。
ワルトシュタインのような壮大な曲でも、なぜか小さく小さく弾いてしまうので一向にドラマティックではなく、却ってストレスが溜まってしまいました。

とくにワルトシュタインは今年買ったバックハウスのベルリンライブの鬼気迫る演奏に魅せられて、すっかりその虜になっていたこともあり、そのあまりな落差に呆然とするばかりで、ドイツ人がこんなにもベートーヴェンを矮小化したような弾き方をするのはちょっと納得がいきませんでした。

一曲だけだったアンコールには悲愴の第2楽章が演奏されましたが、これがなかなかの好演で、今夜一番の出来ではなかろうかと思ったほどでした。このあまりにも聴き慣れた、ほとんど新鮮味さえ失いかねない曲から、何か強く訴えるものが立ちのぼり、その素晴らしさに思いがけない感銘を受けました。

マロニエ君の知り合いが言うには、一夜のコンサートで一曲でもハッとするものがあれば、それでよしとすべきなんだそうですから、まあ前半にもところどころにいいものがあったし、これで良しとすべきでしょう。

会場であるアクロス福岡シンフォニーホールにピアノを聴きに行ったのは、10月のブレハッチ以来のことでしたが、この会場にあるスタインウェイは現在、きわめて素晴らしい状態にあると前回に続いて思いました。
うるさい技術者の人に言わせるとどうだかわかりませんけれども、マロニエ君の好みとしては、普通のホールのピアノとしてはほぼ理想に近いものを感じます。

音色は、最近のスタインウェイとも違う密度感があり、それでいて甘く透明。すでに15年ほどを経過した楽器ですが、こういうピアノを自分の地元で聴ける現在を非常に嬉しく思います。
これが2台あるうちのどちらかはわかりませんが、ともかく今のうちに素晴らしいピアニストにいろいろと弾いて欲しいものです。

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