カラヤンついでに思い出しましたが、ものの本によると、かのヘルベルト・フォン・カラヤンは、現代の音楽ビジネスにおけるあらゆる意味での先駆者だったようです。
指揮者という職業を超えて、まるで帝国の為政者のようにふるまい、手兵ベルリンフィルはもちろんのこと、ウィーンフィル、ウィーン国立歌劇場、サルツブルク音楽祭、ベルリン国立歌劇場、ミラノスカラ座、ウィーン交響楽団、フィルハーモニア管弦楽団など名だたるオーケストラや歌劇場の総監督や首席指揮者の地位を同時進行的に我がものとし、ついにはサルツブルク復活祭音楽祭という、音楽歴史上初の演奏者個人の企画による音楽祭まで立ち上げるなど、ありとあらゆる点でその権勢をほしいままにしたことは有名です。
また、ベルリンフィルの前任者であったフルトヴェングラーやチェリビダッケが録音に対して冷淡もしくはほとんど無視同然だったのに対して、カラヤンは積極的に(というより異常なまでに)この録音媒体を駆使して、生涯を通じて膨大なレコーディングを行います。
さらには音楽映像、CD、レーザーディスクなど新しいメディアにも常に積極的に取り組み、他の追従を許さぬ猛烈な取組がなされました。
今では当たり前といえる、音楽に於ける「ビジュアル系アーティスト」とか、製作することが定着して久しい「プロモーションビデオ」なども、その源流を辿って行くと、なんとカラヤンがその創始者だそうで、これらはみな彼の病的な自己顕示欲から生み出されたものという事実には驚かされます。
また「美しく、頼もしい、才能豊かな、超一流の英雄的な指揮者」というイメージ維持のために、指揮台だけにとどまらず、スポーツカーや飛行機を操縦し、ヨットに乗り込み、オートバイにまで跨って、その全知全能ぶりを知らしめ、自分のスーパースターとしてのイメージ作りに励んだというのですから、呆れてしまいます。
プライベートも抜け目なく、自分が世に出て確固とした地位を得るまでは、大富豪の娘と結婚して妻の資金を使いたいだけ使ったあげく離婚、その後自分が今度は莫大な冨を築いた後は、逆に自分が財産をはぎ取られないよう、わざわざ終生離婚の出来ないヴァチカンで結婚して財産の保全をするなど、その周到な計算能力といったら凡人には目がまわるようです。
カラヤンほどの人物になりながら、レコードのジャケットは言うに及ばず、ちょっとした新聞・雑誌に掲載する写真まですべて本人が徹底的な検閲を行い、それを実行しなかったカメラマンは終生出入り禁止になるなど、まあとにかくその空恐ろしいようなエネルギーは常人の理解の及ぶところではないようです。
録音に編集という専門的な技術を採り入れたのもやはりカラヤンが最初で、良いところの寄せ集めで完璧なレコードを作り上げるという手法を築き上げたわけです。そのせいで音楽はいうなればつぎはぎのモザイクのようになってしまうわけですが、そんなことは屁の合羽で、専らカラヤンの考える「完璧な美」のみを求め続けたようです。
これ以外にも、カラヤンが作り出した音楽ビジネスの手法というのはたくさんあって、良くも悪くも並大抵の人間ではないことだけは確かなようです。
現代の音楽家が、なんらかのかたちでもって「音だけで勝負しない」ようになってしまった風潮の源泉を探ると、結局はカラヤン大先生に行き着くようで、まったく功罪の判定もしかねる、しかしとてつもない巨人であることだけは間違いないようです。