生涯現役

ピアニストの長岡純子さんが亡くなられたのを知ったのは、確か先週の新聞記事でした。
享年82歳、最後まで現役で昨年もリサイタルをされたようでしたが、実を言うとマロニエ君はその演奏を聴いたことがありませんでした。

かすかにお名前と以前CDのジャケットもしくは雑誌で写真を見たことがあるくらいで、ほとんどその演奏に触れるチャンスがなかったことが今思えばたいへん残念でした。
長岡さんは芸大時代にはあのレオニード・クロイツァーに師事した世代のピアニストの一人で、日本人ピアニストとしては原智恵子、安川加寿子などの次にくる世代ということになります。
卒業後はN響と共演してデビューしたものの、1960年代にオランダに移住されたこともあって、日本ではもうひとつ馴染みのないピアニストだったのかもしれません。

オランダではユトレヒト音楽院の教授なども務められ、とくにベートーヴェンやシューマンには定評があったといわれ、なんと80歳のときに演奏されたベートーヴェンの3番の協奏曲は高い評価を得てCD化もされているらしいので、ぜひいつか聴いてみたいものです。

さて、マロニエ君はNHKのクラシック倶楽部はいつも録画して好きなときに見ているのですが、先週の放送分で、なんとこの長岡純子さんのリサイタルが含まれていたので、オッと思ってさっそく見てみました。
すると、収録されている津田ホールでの演奏会は、信じ難いことに昨年の12月12日、そして亡くなったのが1月18日ですから、これは亡くなるわずか一ヶ月と少し前のリサイタルということになります。

放送された曲目はバッハ(ブゾーニ編曲)のシャコンヌとベートーヴェンのワルトシュタインという、どちらも若い人でも身構えるような大曲でした。
もちろん若者のような体力の余裕こそありませんが、確信に満ちた気品ある演奏はまことに見事なもので、非常に勉強にもなる味わいのある演奏でした。

壮大華麗なワルトシュタインを、まるで4番の協奏曲のように優雅に、格調高く演奏され、その確かな解釈に裏付けられた美しさは絶対に近ごろの演奏から聴かれるものではなく、長岡さんの生涯の長く深い足取りが圧縮されているようでした。
それにしても、豊かな経験と深い信念から紡ぎ出されるその凛とした演奏を聴いていると、まさかこのひと月少し後に亡くなるなんて、まったく信じられない思いでした。
バックハウスは最後の演奏会から7日後に亡くなりましたから、そういうこともあることはわかってはいても、実際に長岡さんの鮮明な演奏の映像を見ていると、この事実がウソのような気がしてなりません。

なんでも12月7日には協奏曲も予定されていたらしいのですが、こちらは体調不良でキャンセルとなり、その5日後のこのリサイタルは、もしかすると無理をおしてステージに立たれたのかもしれないですね。
演奏会後に体調を崩し、入院されていたんだそうです。

最後に弾かれた美しいトロイメライは、文字通り最後の別れの演奏となったようです。

それにしても、園田高広氏が突然のように亡くなった頃からでしょうか、戦前生まれの日本人ピアニストがめっきりと減ってしまったように思いますが、これでまたひとり、貴重なピアニストが天に召されたということです。

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