白石光隆さんというピアニストをご存じでしょうか?
今年の初め、CDを店頭で物色中に、なんとなく手に触れた一枚のCDが妙に興味を惹きました。
言葉で説明するのは甚だ難しいのですが、決して派手なジャケットでもないし、そこにあるのは地味な日本人中年男性の姿。とくにどうということもないのに、なにか気にかかるものがあり、ずいぶん迷った挙げ句に購入しました。
例のマロニエ君のCDギャンブルですが、これが新年いきなりの大当たりとなりました。
内容はベートーヴェンのソナタ集で、悲愴、13番、月光、熱情というものですが、これがなんと、とてつもなく素晴らしいピアニストだったのです。
まあ、とにかく群を抜いて上手いし、しかも音楽的にも素晴らしく、解釈も見事、まさに目からウロコでした。
このCDを聞く限りでは、ベートーヴェンとしては間違いなく世界のトップレベルで、なんのハンディもなしにポリーニなどと直接比較すべき質の高さでした。
しかもただ指が上手いというだけならアムランのようなピアニストもいますが、白石氏がすごいのは作品の構築性と音楽の燃焼感がこれ以上ないという高い接点で結びついているという点でしょうか。
壮年の男性ピニストらしい、まったく乱れのない安定しきった目の醒めるような技巧と、音楽作りを統括する抜群の知性とセンスの良さ、さらには演奏そのものに吹き込まれた生命感にはただもう圧倒され、魂を鷲づかみにされたようでした。
テクニックだけでも並のものではないので、楽器や作品と格闘する必要がなく、楽にピアノを弾いているから適材適所の真っ当な表現が可能となっているようです。
精密でムラのない余裕のある確かなタッチは、きわめて知的な構成の上に闊達に音楽を描いていくことを可能とし、ものすごい迫真性と燃焼感が自在に繰り広げられる様は圧巻という他ありません。
現代の日本の有名ピアニストを見ていると、大半はなんらかの要素でもって現代の商業主義にうまく手を結び、結果その波に乗れた人達であって、残念ながら本当の芸術活動に身を捧げているような人は見あたりません。
少なくとも我々の目に触れるのは、大半がそんな人達ばかりですから、もう本物のピアニスト、本物の音楽家はいなくなってしまったのかと悲観的に考えてしまいます。
しかし、この白石さんのような超弩級の人が、その持てる能力にははるかに見合わないような地味な活動をして、あとは芸大の講師などをしながら存在しているというのは、なんというもったいない事実でしょう。
以前、エネスコのソナタなどで感銘を受けた藤原亜美さんなどもそうですが、こういう「本物」が実は日本の中にちゃんと存在し棲息しているということは、考えただけでも誇らしい嬉しいことです。
今どきの売れっ子になるということは、CDやコンサートのチケットなどの売れ行きがその人の実力のバロメーターとされてしまっていますし、そもそも売れっ子という言葉そのものが商業主義を前提としたものでしょう。ポピュラー系の音楽も、ヒットチャートなどという悪習が蔓延して、それだけが価値のようにされると、本当の音楽家/芸術家はとてもじゃありませんがそんな売り上げの過当競争の中になど参加できるはずがないのです。
いまやゴルフやテニスでも、純粋な試合成績ではなく、賞金ランキングがその人の地位を決するというあまりにも露骨な時代ですから、なんでもが推して知るべしなのでしょうけれども。
本物の芸術家が本当に正しく評価されるような時代があるとすれば、それは経済の繁栄とは真逆のところにあるのかもしれません。
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私も白石さんの弾くベートーベンOP111を聴いて、ポリーニはいらないいいいと叫びました。そして、お話しをしてもとても楽しい、若々しい(私の息子ぐらいだものね。)気さくな方です。 技術的な素晴らしさはプロの表現に任せますが、私のようなド素人をここまで感激させるのは本物でしょう!!今とてもはまっています。。。彼のレグレスサーキットの最後にソナタNo32があるのです。車に乗っているときには、彼のルロイアンダーソンもいいですよ。私はだいいい好きです。