昨年のショパンコンクールの実況録音のCD(コンクール会場で入手できる由)を人からいただいたので、さっそく聴いてみると、これが予想以上のCDで、最近は録音技術が著しく発達しているせいもあるのでしょうが、まさに至近距離で弾いているかのようなリアル感で聴くことが出来るのは、やはり今どきの技術はすごいもんだと感心させられました。
率直に感じたことは、「これはまさしくピアノのオリンピック」だということでした。
但し、オリンピックといっても、コンテスタントがなにもスポーツのような非音楽的な演奏をしているという意味ではまったくありません。
この実況録音には、普通のレコーディングはもちろん、コンサートのライブ録音などからもまず聴くことの出来ない、このコンクールだけが持つ独特な勝負のかかった凄味があるということです。
もう少し説明を続けると、泣いても笑っても、その年その日その時間に演奏される一度きりの演奏によってのみ、優劣の判定が下され、それである者はその後の人生さえ大きく左右されることも珍しくはない極限的な場面の記録であり、息詰まるような時間がそこには流れているのは、他にはオリンピックぐらいしか思い当たらなかったのです。
このやり直しのきかない緊張と一発勝負の世界は、まさにスポーツのそれのようでもあるし、非常に悪い表現をするなら一種のギャンブル的な運の要素まで絡み込んでいます。そんな興奮の中で繰り広げられる世界というわけで、このCDにはその異様な空気感のようなものまでが生々しく記録されている点で、一聴に値するものだと思いました。
当然ながら曲によって、人によって、ミスや演奏上のキズもあり、勢い余ったり、あきらかに不本意だろうと感じるような部分も中にはありますが、それらをひっくるめて、近ごろではまず滅多に耳にすることのできない類の、パワー感に溢れる、若者達の真剣勝負の姿を見るようです。
これほどテンションの上がった中での一途な演奏は、もうそれだけで聴いていて圧倒され、否応なしに惹きつけられるものがありました。
これは演奏の良し悪し以前に、人間はこういうドラマティックな緊迫感というものには無条件に反応し、聴いているこちらまで普通の演奏を聴くときとは明らかに違う、一種の興奮につり込まれていくようです。
もちろん、そんな空気の中でさらにプラスの結果を絞り出す演奏者もいて、そういう一期一会の、すべてのエネルギーがその一回に賭けられたような演奏というものは、同じ人でもそうそう何度もできることではありません。
現にファイナルに残った一人は日本でのガラコンサートの折に「ああいう体験は二度とできないのではないかと思う」と言っているようですが、たしかに頷ける話です。
俗っぽい表現をするなら、まさに多くの若者の「命がけの演奏」がそこにあり、そういう勝負の場に立ち会うことの意味をまざまざと教えられるような、そんな高揚感に包まれました。
ただし、全体にはどれもあまりにもエネルギッシュかつピアニスティックな演奏で、もしショパン本人が聴いたとしたら果たしてどう思うでしょうか…。
これはショパンコンクールという名の、ワルシャワのお祭りだと捉えるべきかもしれません。
そうそう、もう一つ感銘を受けたのは、どのピアノもそれぞれの潜在力の最大限と思われるほど良く鳴っていたことです。