ブルーインパルス

ついに昨日から関東地方で計画停電とやらが開始されたようですが、どうもそれにまつわる東京電力の対応が芳しくなく、不評を買っているようです。

現代のようにありとあらゆることが電力を前提として社会全体が成り立っていると、その影響もはかりしれないものがあるようで、もう少し時間やエリアを明確にすべきというのが大勢の意見のようです。
あのような災害があって電力が不足するとなれば多少の不便や協力はやむなきこととしても、停電するというのは生活そのものを直撃することなので、前もっていろいろな準備や構えがあるはずです。

被災地では「官房長官が立派な事を言っているのは結構だが、我々はゆうべから何も食べていない、これが現実ですよ。」と言っていましたが、ごもっとも。
食料や物資はもっとたくさん迅速に届けられないものでしょうか。

人から聞いた話では、たまたま外部から被災地へ観光旅行に行って津波に巻き込まれた人もいれば、逆に被災地の人が別の場所にこれまたたまたま旅行中であったために難を逃れたというような、まさしく「運命」としか言いようのない生死をわける話がいくつもあるらしく、現実にはそういう事がおそらく山のようにあるのだろうと思われます。

津波警報を聞いて息子が父親に逃げるようどんなに言っても、頑として「だいじょうぶ」といってついに動くことをせず、結局、そのお父さんは津波にさらわれ、息子さんは助かったというようなケースもあるようで、まさに運としか言いようがないですね。

自衛隊の飛行機も生死を分けたようで、航空自衛隊の松島基地は、あの歌にもある松島ですから非常に海に近いところにあって、今回の津波では主力戦闘機のF2-18機をはじめとする、30機近い航空機が被害を受けたそうですが、なんとここをベースとするブルーインパルス(T4-6機)は、12日の九州新幹線の開業イベントのために福岡入りしていたらしく、大地震の数時間前には福岡市上空で事前飛行までおこなっていたそうで、博多駅周辺を編隊飛行する様子がYoutubeにも投稿されています。

彼らが登場する翌日のイベントはすべて中止になりましたが、留守中に仲間である人や飛行機、さらには基地そのものまでが大変なことになり、彼らはどこに帰って行ったのでしょう。

福岡にいたことでブルーインパルスの機体と操縦士は難を逃れたようですが、しかし、その家族は被災地に居住していることでしょうから、その安否が心配されるようです。

それにしても福島第一原発も一進一退を繰り返しながら、どうも好ましくない方向へと事が推移しているようで、専門的なことがわからないぶん、どうしてもっとスパッと対処できないのかと思います。
朝夕の新聞の見出しは原発関連の見出しばかりで、ついには「高濃度放射能もれ」というイヤな文字があらわれてしまいました。
…ここ当分は不安な日々が続きそうですね。

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