「詩的で宗教的な調べ」は全10曲からなるリストの作品で、リストがあまり好きではないマロニエ君にしては好ましく思っている作品群なのですが、これが全曲弾かれたCDというのはほとんど無くて、以前から気にかけてはいたのですがなかなかこれというものに出会いませんでした。
チッコリーニにはあるようですし、レスリー・ハワードの99枚の全集を買えばもちろん入っているでしょうけれども、全体としてみると超絶技巧練習曲やハンガリー狂詩曲などは全曲物がいろいろとありますが、作品としても内的な要素が込められていて、かなり優れていると思える「詩的で宗教的な調べ」にはなぜか該当するものが極端に少ないのです。
単発では、第3曲の「孤独の中の神の祝福」、第7曲の「葬送」、第9曲の「アンダンテ・ラクリモーソ」などは比較的弾かれることが多い曲ですが、それ以外の曲は通常はほとんど演奏もされず、あまり注目を浴びることもないのは大変不思議に感じるところです。
で、チッコリーニ盤でも買おうかなぁと思っている矢先に、パリとロシアで学んで、近年では東京のラ・フォル・ジュルネにもしばしば出演しているというブリジッド・エンゲラーの演奏による全曲盤が発売されたので、すかさずこれを買ってみました。
結果は…まあまあでした。
テクニック的にも音楽的にもいかにも中庸を行くという感じで、取り立てて感動もないけれど、さりとて大きな不満もないというものです。
ともかく以前からの願望であった「詩的で宗教的な調べ」全10曲を通して全部聴いてみるという目的は達成できたので、まずはよかったと思っています。でも、それ以上でも以下でもありませんでした。
どれもリストの有名曲に多いあのゲップの出そうな世界ではなく、非常に内面的な要素を重視した美しい曲集であることはあらためてわかりましたし、別人のように作風も変わってしまう晩年に較べると、まだ若い頃の作であるにもかかわらず、このような精神的な作品を書いているということは、リストは時代の寵児としてとびきり華やかに活躍しているころから、同時にこのような内的世界を有していたという証のようで、非常に興味深いものでもありました。
作品が気に入ったので、やはりチッコリーニ盤も買ってみようかなと思っているところです。
このCDが珍しいのは、スタインウェイのB211という、録音に使う楽器としてはいささか小さなピアノを使っている点です。
ヤマハでいうならC6クラスのサイズですが、それでもほとんどコンサートグランドに近い、輝かしい音に溢れている点は、やはりさすがだと感心させられました。
もちろんサイズが小ぶりなぶん、響きのスケールもいくらか小ぶりで、全体に厚みと深みは割り引かれますが、これはこれでじゅうぶんという印象です。
たぶん録音会場にこれしかなかったというようなことは考えにくい(ヨーロッパではピアノは運び込むことが通例)ので、やはり演奏者の選択だったのでは?とも思われます。
というのも、これぐらいのピアノのほうが、響きも小さくて取り回しが良く、難曲を弾くときにわずかでも軽さがあって弾きやすいということはきっとあるとだろうと推察されました。