プレイエルの新録音

「プレイエルによるショパン独奏曲全曲集」というプロジェクトがスタートし、これは横山幸雄氏が戦前のプレイエルを使って昨年の10月17日(ショパンの命日)から石橋メモリアルホールにおいて、コンサートと録音を同時にスタートさせたものです。

マロニエ君が近年、最も個人的に関心を寄せるピアノがこの年代のプレイエルで、昨年のショパンイヤーではプレイエル使用と銘打ったCDもいくつか発売されたものの、それらはいわゆる19世紀製造のフォルテピアノであり、実際にショパンが使って作曲したという時代の楽器を使うというところに歴史的な意味合いが多かったようです。

しかし、マロニエ君がもっとも心惹かれ、好ましく思っているのは20世紀の初頭から数十年製造された、交差弦をもつモダンピアノとしてのプレイエルであり、その甘美でありながら陰のある不思議な音色は、代表的なものではコルトーの残した録音集から、その音を聴くことができるものです。
ショパンにおけるコルトーの詩情あふれる妙技のせいももちろんありますが、そこに聴くプレイエルのなんとも切々と鳴り響く妙なる音色は、大げさにいうと柔らかさの中に不健康な美しさが籠もっていて、まさにショパンを弾くためだけに生まれてきたピアノと言いたくなるようなピアノです。

このピアノの音がもっと聴きたくて、一時はパリにまでCDを注文したこともありましたが、送られてきたのはやはりフォルテピアノのものでした。

というわけで「プレイエルによるショパン独奏曲全曲集」はいわば画期的な企画で、はやくもこのCDが店頭に並んでいましたので、3種ありましたが、これまでのマロニエ君なら一気に3枚まとめて購入するところですが、ここは理性的にまずは「1」を購入してみました。

期待に胸を膨らませて帰宅して、気もそぞろにプレイヤーにCDを差し入れたのは言うまでもありません。
果たして出てきた音は…それはたしかにプレイエルの音には違いありませんでしたが、コルトーのレコードに聴くような、気品と下品の境界線ギリギリをかすめながら、なまめかしさとか芳醇さのようなものが立ちのぼるさまはあまりありませんでした。

使われたプレイエルは写真だけでは判然としませんが、コンサートグランドではなく、おそらくは2m強のサイズのものだろうと思いますが、松尾楽器にも同年代のプレイエルを所有していることからか、松尾の人が調整をしているようです。
そのためかどうかはわかりませんが、ピアノが妙に整然としていて優等生的なのです。

シロウト考えですが、この時代のプレイエルにはまだまだスタインウェイのような完成度はなく、不完全なところもあったので、あまりムラのない高度な調整をしていては、却ってピアノがそれに応じきれないというか、このピアノの魅力の一端がスポイルされてしまうような気もしました。

表現が非常に難しいのですが、あまりにも見事な日本人流の完璧なヴォイシングや精妙を極める調律をやりすぎてしまうと、なんとなく息抜きのできない堅苦しい感じになるようです。
良い意味でのアバウトな調律などをされたほうが、このピアノは本来の味を発揮するように思うのですが、そんな危ない領域まで求めるのは、なにしろピアニストも録音スタッフも現代に生きる日本人ですから、到底体質的にも出来ることではないないでしょう。

そうそう、以前映像で見た、ショパンとは程遠いアンドラーシュ・シフが、ファブリーニ(イタリアの名調律師でポリーニなどの御用達)が調整したプレイエルを弾いているときにも同様の窮屈感みたいなものがあったことを覚えていますが、それに較べたら今回のほうがずいぶん優れているとは思います。

まあ、なんだかんだと文句は言ってみても、なんともありがたいCDを出してくれたものです。
これから順次発売され、12枚で完結するのだそうで、横山氏はこういう企画物を作り上げる際の、スタッフのひとり的な弾き手としては、指はめっぽう動くし、いいのかもしれません…。

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