タワーレコードの試聴コーナーに、ユンディ・リの「感動のショパン・ライブ・フロム北京」というのがあり、昨年5月に北京の国家大劇院でおこなわれた演奏会を収録したもので、どんなものかと聴いてみたところ、これがいろんな面で感じるところのあるCDでした。
マロニエ君は実を言うと、個人的にはユンディ・リは(お好きな方には申し訳ないですが)あまり評価をすべきピアニストとは思っておらず、自分なりにあれこれとかなりCDを買い漁るわりには、たぶん1枚も彼のCDは持っていないはずです。
それはNHKの放送などで何度となくその演奏に触れてみて、一向に惹きつけられるものがないし、昨年はショパンイヤーということもあって、ノクターン全集などもリリースされてそのつど店頭には数種の試聴盤が置かれたりしていましたが、どれを聴いてもまったく購買意欲が湧かない、はあそうですか…というだけの演奏にしか感じられませんでした。
ことさら嫌味はないけれども、いやしくも第一級のプロのピアニスト、わけても「世界的」なというフレーズがつくからにはその人ならではの世界、なにかしらのいざないがあって当然だろうと思います。
しかしノクターン全集などを試聴してみても、ひたすら楽譜通りなだけのガチガチな演奏で、そこには演奏者のなんの霊感も挑戦も感じられない、日本でいえば音大生的演奏のもうちょっと上手い人ぐらいにしか思えませんでした。
さて、その彼の最新盤である《感動のショパン・ライブ・フロム北京》ですが、冒頭のアンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズの出だしからして、これまで知るユンディとはちょっと違う、ある種の気迫のようなものをとりあえず感じました。
オッと思ってしばらく聴いてみましたが、基本的にはこれまでのユンディであるけれども、自国でのリサイタルで、しかも面子のかかった北京の国家大劇院、さらにはライブの収録も兼ねているということもあってか、相当に気合いを入れているようでした。
しかし、よく聴くと、なんのことはない、演奏者がノッているというよりは、中国人の好みに合わせたハデハデな演奏を、求めに応えるべくやっているだけという感じが伝わってきました。
同じ気合いが入っているといっても、ショパンコンクールのライブCDでコンテスタントが繰り広げる演奏などは、まさに一期一会の白熱した真剣勝負のそれでしたが、ユンディのこのライブはあきらかにそういうものとは違った、一種のあざとさと、中国の大衆の好みを充分承知した上で表出させた派手さ、あるいは最大のライバルであるラン・ランを射程に収めた演奏だったようにも思われて、とてもタイトル通りに「感動」というわけにはいきませんでした。
ソナタも、英雄も、ノクターンでさえも、ガンガン弾きまくりです。
しかもライブCDの発売も予定されているとあれば、メイン市場はきっと中国国内でしょうから、やはりそのあたりのツボは心得ているように感じてしまいます。まあどうぞお好きなようにという感じですが。
それと、ヒエ〜ッと驚いたのはそのピアノの音でした。
いかにも中国的というか、やたらキンキンして唸りまくる、ユニゾンさえ合っていないようなその音ときたら、まるで安酒場のピアノみたいで、そういえば中国で触れたピアノはどれもこんな音だったことを思い出しました。
ピアノ自体は全体の響きの感じから(たぶん)スタインウェイだと思いますが、中国の技術者はあんな音をいい音だと思っているんでしょうね。しかも会場は国家大劇院という、現代中国の最高権威ともいえる演奏会場でのピアノなのですから、はああ…です。
中国は技巧派のピアニストは続々と誕生してきているようですが、ピアノ技術者のレベルアップはまだまだ当分先のことだろうと思われます。
しかも、驚くべきはEMIというヨーロッパの老舗レーベルのCDであるにもかかわらず、こんなピアノでプロデューサーがよく黙っていたもんだと思いました。
これを聴いて、ふと牛牛のショパン・エチュードもかなりのヘンな音だったことを思い出しましたが、これもやはりEMIでしたから、もはやイギリスの老舗の看板もなにもないのかもしれませんし、もしかしたら中国資本にでもなっているんでしょうか。
その点では、日本のピアノ技術者のレベルは、なんという高みに達していることかと、これまたひとつの感慨にとらわれてしまいます。
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