ピアノの嫁入り

今年のまだ寒かった頃、友人が海外からピアノを購入することになったのですが、彼はそのために部屋の引っ越しもして、迎え入れの準備を万全に整えるべく長い時間を費やしていたようです。
そしてその準備も整い、ついにピアノは搬入の日を迎え、めでたく所定の位置に収まったようです。

100年は保つと言われているS社のピアノですが、製造から10年ほどの新しい楽器で、聞くところでは、まだまだ弾き込みさえ必要な状態のようで、厳密には中古ピアノでありながらも、これから育てていくべき子供のような歳のピアノだったようです。

このピアノはマロニエ君懇意のピアノ店を通じて日本へ輸入されたのですが、てっきり船便でくるのかと思っていたら、購入決定から早々に手続きが進み、サッと空輸されてきたのには驚きました。
最近のコンテナは昔のそれとは違って密閉性なども向上していていて傷みが少ないと聞きますが、それでも洋上で幾日も過ごすことを考えると、航空便は速いし、リスクが少なく、短期間のうちに日本に到着し、数日後にはさらにお店までやってきたのは驚きでした。

むしろ日本に届いてからのほうが、迎え入れの準備に時間がかかり、その間このピアノは販売店の店頭で開梱され、入念な調整を受けた後、ピアノ運送会社の倉庫に居を移して嫁ぐその日を待っていたようです。

そして搬入日が満を持して一昨日のことだったらしく、果たして彼は前夜よく眠れたのでしょうか?
自分が思い定めたグランドピアノがいよいよ自分の許にやって来るというのは、やはり男性からすればお嫁さんがやってくるような高ぶりがあるのではないかと思います。

マンションの上階までクレーンで吊って上げたそうですが、見ていてずいぶん緊張したそうです。
マロニエ君もクレーン搬入を何度か経験していますが、グランドピアノが空高く宙づりにされるのは、本当にハラハラして心臓によくないものがあります。
いま何かあったらすべては終わりだと思いたくなるような瞬間が幾度もあるものですし、とりわけ最近のように地震が多発していると、そういう不安もさらに迫ってくるでしょう。

現に輸送中の事故でピアノがダメになったというのは、決して珍しい話でもなく、たとえばグールドが晩年にヤマハのCFIIを使ったのも、ある時期チェンバロで録音したのも、元はといえば彼愛用のスタインウェイ(大半の録音はこのピアノで演奏されたもの)が輸送中に落とされて、スタインウェイ本社の懸命の修復にもかかわらず、最終的には以前の状態を取り戻すことができなかったためだと言われています。
それぐらいクレーンでピアノを吊るというのは100%安心できない、リスクのつきまとう作業ですが、それでも持って上がれないところにピアノを搬入するにはやむを得ない方法なのだと思われます。
ともかく無事におさまって、めでたしめでたしでした。

さっそくにも写真を見たいと頼んだら、すぐに送ってくれましたが、いやはやなんとも立派なピアノが部屋の真ん中にドカンと座って(立って?)いました。
よほどのことがなければ、たぶんこのピアノは彼のこれからの人生にずっと付き合っていくことになるのでしょうから、まさにこの日は記念すべき一日だったと思います。
ピアノを買うというのは、やはり他のものとはなにか違って、人の情感が揺さぶられる何かがあり、こちらまでウズウズしてきます。

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