昔のスタインウェイ

クリダのCDを聴いてもうひとつ、思いがけない収穫だったのはピアノの音です。
この一連の録音は1960年代の終わりから70年の中頃にかけておこなわれていますが、この時代のスタインウェイのなんと濃密な音がすることか!

昔はマロニエ君の耳に馴染んだ市民会館のスタインウェイなども、ああこういう音だったというのを思い出します。
変に人工的なところのない温かみのある音でありながら、強さと輝きもしっかりあって、そこはスタインウェイならではしたたかな迫真力みたいなものがビシッと張りつめているわけで、今どきの腰の弱いキラキラ系の音とは、根底にあるものがまったく違うことがわかります。

この時代のスタインウェイの音を聴いたことが、ピアノの音に対する深い原体験となって、そこからスタインウェイのファンになった人はとても多いだろうと思います。むろんマロニエ君もその一人です。

ひとつ確信できることは、現在のスタインウェイよりも木の音の占める比率が強いということ。
上質な木が作り出す音がまずしっかりあって、それを例のフレームの鳴りにブレンドして華麗に演出していることがわかりますが、今は逆で、さほどでもない木の音をフレームの鳴りでカバーしているだけで、だから厚みのない量産品の音なんだと思います。

クリダのCDを聴いている時期に、これも偶然ですがNHKのクラシック倶楽部という番組を録画している中から、ある日本人ピアニストのコンサートを聴きました。
このピアニスト、ちかごろショパン絡みでちょっと話題の人みたい(不覚にもCDまで買ってしまった)ですが、まったく何ひとつとして良いところが感じられませんでしたので、敢えて名前は書きませんが、この人のコンサートが出身地の関係なのか、NHK名古屋のスタジオコンサートでおこなわれたものでした。

このNHK名古屋のスタジオ収録で使われたスタインウェイは、鍵盤両サイドの腕木の形状やフレーム上のエンボス文字の位置などから、少なくとも30年以上前のピアノであることがわかります。
残念ながらこのピアニストの演奏は病人のようで音楽性も感じられず、とてもクリダのように美しくピアノを鳴らすことは出来ない人でしたが、それでも聞こえてくるその音はこの時代のスタインウェイ特有のあのなつかしい凛とした音でした。

総じてこの時代のスタインウェイには本物だけがもつ気品と真の深みがあり、いまさらながら感銘を覚えます。
音の濃密さと輪郭、電気でも流れているような圧倒的な低音などは、まさに本来のスタインウェイのそれで、新しいスタインウェイをまったく歯牙にもかけない極端な人もおられたりするのが、こういう音を聴くと、やっぱりちょっとその気持ちもわかるような気もしました。

こういうピアノが作れなくなってしまっている現実にも空虚なため息がでるばかりです。

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