あるピアノ技術者のブログを読んで「へぇぇ、そうだったのか」と思わせられる書き込みが目につきました。
やはりというか、思いがけなく感じていた疑問が解けたようでした。
ショパンコンクールでヤマハのCFXを弾いて優勝した、ロシアのユリアンナ・アブデーエヴァですが、これは同時にヤマハのピアノを弾いた優勝者が現れたという事でも同社にとって有史以来の初の快挙だったわけで、しかもその約半年前に発表された新開発のコンサートグランドがいきなり世界的コンクールでいわば金メダルをとったようなわけで、ヤマハの喜びようは大変なものだろうと思っていました。
当時の予想では、さぞかしこれからは広告やカタログにもそのことが大々的に打ち出されるものだろうと思っていましたし、それはマロニエ君だけでなく業界の人達もおしなべて同様の見方をされていたようでした。
ところがその後のヤマハの広告には、アブデーエヴァのアの字も、ショパンコンクールのシの字もまったく出てこないのは大いに予想外という他ありませんでした。通常ならたぶんこんなことは考えられないことで、かつてヤマハが広告にリヒテルをしつこいほど使い続けたことを考えると、「どうしちゃったの!?」と言いたくなるような静けさで、それは今だに続いています。
アブデーエヴァは優勝直後に2度来日し、一度はN響との共演、続いてワルシャワフィルとコンクールのファイナリスト達で回るガラコンサートでしたが、なんと彼女はスタインウェイばかりを弾きました。
はじめは「NHKホールは外部からピアノの持ち込みはさせないらしい」などの憶測も飛び交いましたが、ヤマハを弾かない状況は他のホールでもずっと続きました。
そして、冒頭の技術者の裏情報によれば、なんとアブデーエヴァ自身の意志によって、優勝後は使うピアノを変更したのだそうで、優勝直後にそれをするのは非常に思い切ったことだということも書かれていました。
しかも公演地は他ならぬ日本ですから、当然ヤマハもピアノを準備していたらしいのですが、これを退けてスタインウェイを使ったとのことで、そんな手の平を返したような豹変があるのかとただただ驚きです。
コンクール直後の海外公演で、しかもヤマハの生まれ故郷である日本の舞台で敢えてそれを弾かないというぐらいなら、なぜコンクールでは一次から一貫してヤマハを弾き続けたのかと思いますし、普通に考えれば、アブデーエヴァだってヤマハには恩義のひとつもありそうな気もしますし、ましてや優勝後初の日本での演奏なのですから(あくまで普通に考えればです)。
単純にアブデーエヴァがヤマハよりスタインウェイのほうを好きになったと見るのはあまりに稚拙な解釈という気がして、ここには我々にはうかがいしれない諸事情がありそうな気がします。
とくに企業間の暗闘には筆舌に尽くしがたい激しいものがあり、それに伴ってコンクール自体にも暗い噂がたったことが過去に何度もありましたから、今回もまた水面下でのいろいろな駆け引きがあり、これは要するにその結果だということもじゅうぶん可能性がありそうです。
楽器の業界も、舞台裏は魑魅魍魎の棲むドロドロの世界だと聞きますから、我々のようにただ音がどうのなんて勝手なことを言って楽しんでいるだけではすまされないものが絡んでいるのはまぎれもないこと。
結局、世の中って、どこも現実は決してきれいなものではありません。
好きなことは趣味にして、勝手なことを言っているのが一番ですね。