ラ・フォル・ジュルネ2

ピアノコンサートが終わると直ちに、次の会場である大ホールへ移動します。
この音楽祭の決まりで、いったん外に出て再び中へ入らないといけないのですが、一階ロビー周辺はもう立錐の余地もない大変な人、人、人で、そこへ入りきれない人が外にまで溢れており、前に進むのもやっとです。
おまけにここでは無料の室内楽コンサートまでやっているようで、まさに黒山の人だかり状態。

ちなみにホールのロビーには2台のグランドが大屋根を開けて置かれていますが、一台はヤマハの古いCF、そしてもう一台はなんとあの有名なフッペルのピアノでした。

鳥栖のフッペルといえば第二次大戦末期、特攻隊の若い兵士が、出撃前の最後の休日にやってきてこのピアノで月光などを弾いたという話があまりにも有名ですが、鳥栖市はこの記念すべきピアノの名を冠して「フッペル鳥栖ピアノコンクール」というものまでやっているほど、この鳥栖市にとってまさに宝のような楽器なのでしょう。

思いがけなくそのフッペルを実物として初めて見ることができました。
そうそうあるチャンスではないと思い、顰蹙覚悟で低いけれども舞台らしき台の上にのぼって中を覗くと、たいへん美しく修復されており、しかもけっこうなサイズ(優に2m以上ありそう)なのには驚きました。

昔は日本各地の学校には今では信じられないような世界の名器が無造作にあったのだそうで、福岡の修猷館などもスタインウェイがあったとか、以前も見た古い映像では戦時中女学生がもんぺ姿で歌を歌っているとき伴奏に使っているピアノがベヒシュタインだったりと、日本製ピアノが戦後台頭してくるまでは、学校にはこんなピアノがたくさんあったようです。

コンサートに話は戻ります。
大ホールのコンサートはゲオルグ・チチナゼ指揮によるシンフォニア・ヴァルソヴィア(かの有名なヴァイオリニスト、ユーディ・ネニューインが1984年に創設したポーランドのオーケストラ)で、演目はベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」とピアノ協奏曲第5番「皇帝」というものです。

英雄と皇帝というのも、あまりにベタな感じで笑えましたが、しかし聴きごたえのある2曲であることには確かです。

このコンサートは「大いにマル」で、英雄の出だしの変ホ長調の和音が鳴ったときから、なんというかある種の覇気があって、これは!と思いました。
予想通りに演奏は力強く、たいへん充実したものでした。
これは、とにかく久々に聴けた満足感のある演奏で、オーケストラそのものは特に大したことはないのですが、しかしみんなが気合いを入れて情熱的に演奏するために燃え立つような燃焼感があり、音楽になにより必要な生命感がみなぎります。
そして、この傑作シンフォニーの素晴らしさとあいまって音楽の中に引き込まれ、大いなる感銘を呼び起こすものでした。

当初は第6番「田園」が予定されていましたが、おそらくは(マロニエ君の想像ですが)英雄の第二楽章は葬送行進曲であるため、東北地方大震災の犠牲者の追悼の意味もあってこの曲に変更されたのだと、あとから解釈しました。

ともかく、燃焼して突き抜けた演奏はそれだけで聴く者の心を揺さぶるものがあり、ここ何年もこういう熱い演奏に接したことがなかったように思いますし、おかげで何年分かの溜飲が一気に下がった思いでした。

日本のオーケストラの中でも有名かつ上手いとされていながら、実際は役所仕事みたいなシラけた演奏しかしない高慢な放送局のオーケストラなどとは大違いで、フレーズの盛り上がりやストレッタなどではみんな上半身が反ったり揺れたり、音楽とはこういうもので、音楽家が演奏というものに今ここで打ち込んでいるという姿と音が目の前にありました。

続いて「皇帝」ですが、独奏者がエル=バシャからミシェル・ダルベルトに変更になったのは事前に発表された時点でガッカリでしたし、あいかわらずダルベルトの演奏はマロニエ君の好みではありませんでしたが、それでもこの活き活きとしたオーケストラに支えられ、あるいは触発されて、ダルベルトも非常に力のこもった渾身の演奏をした点についてはよかったと思いました。

ただ、せっかくの充実した演奏でしたが、楽章間に会場全体が盛んに拍手するのは今どきどうかと思いました…。
ごくたまに、あまりの熱演で思わず楽章間に拍手が起こるということはあっても、これはまさにその時の自然な流れから起こるものですが、それではなく、みんな無邪気に一曲ごとに拍手している感じがありありとしていて、挙げ句にはピアノの移動の際にちょっと楽団員が移動するのさえいちいち拍手々々なのには、ちょっといたたまれない気持ちになりました。

もちろんそれだけお客さんが喜んだという意味では大変結構なことだとは思いますけど、クラシックには最低の様式というものがあり、そこはぜひ守って欲しいものです。

都市部ではちょっと考えられない珍現象でした。

ラ・フォル・ジュルネ2」への1件のフィードバック

  1. SECRET: 0
    PASS: 74be16979710d4c4e7c6647856088456
    はじめまして。
    私も最終公演で「英雄」と「皇帝」を聴いてました。

    書かれてる通り、「英雄」が始まった瞬間から、
    非常に熱い演奏者のみなさんへ引き込まれました。
    役者仕事といったシラけたものは一切感じませんでした。

    弦楽器のみなさんが特に熱かったと感じました。
    上半身も激しく動かしてまさに燃焼されていた感じでした。

    ダルベルト氏のソロも最高でした。
    変更前の方だったらそれで別の感動があったとは思いますが、
    ダルベルト氏の演奏を聴けたのはそれはそれで嬉しかったです。
    非常に力強く、華麗な感じを受けました。
    左手の旋律がよかったです。

    私もやはり楽章ごとに起こる拍手は、ちょっとどうかな。。。
    と思います。 
    日本人も最低限のクラシックマナーを知るような時代がやってきたらいいなぁとふと思いました。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です