忍耐の名工場

車の仲間の行きつけの、ちょっと変わった修理工場があります。
ここはいわゆるヨーロッパのあまり一般的でない車ばかりが集まってくる、知る人ぞ知る整備工場で、昔からここを頼りにしているディープなお客さんががっちりとついています。
宣伝はおろか、看板のひとつもありませんが、それでも年中つねに順番待ちになるほど「入院患車」がひきもきりません。

工場内にある車は、ふだん路上で見かけることはほとんどないような主にイタリア/フランスの珍車ばかりで、レアなコレクターズカーみたいなものがここではごろごろしています。

とくにマイナーなラテン車の世界ともなると、それぞれが常識にとらわれない独創的な設計とか特異な構造になっていますから、修理の仕方もよほどの心得と経験がないとなかなかできることではありませんし、パーツの発注ひとつにしても日本車のようにきれいに整理・管理された世界ではないので、すべてが手間暇のかかる仕事となるのです。

ここのご主人はその点で正に名ドクターなのですが、昔から弟子を取らない主義で何から何まですべて一人でこなす変わり者です。
とはいっても接する限りでは、とくだんの変人とか恐い職人肌みたいなタイプではなく、愛嬌もありむしろ丁寧で礼儀正しいほうの部類ですが、それはあくまでもうわべだけの話。
このメカニックと付き合うとなると、それはもう並大抵ではない試練と苦労が伴います。
この人、あくまで自分のペースで仕事をするのが好きなのか、それでしか仕事ができないのか、そこのところはわかりませんが、それを維持するための流儀には凄まじいものがあります。

その最も変わっている部分は、仕事が立て込んでくると一切連絡がつかなくなる事です。
どんなに約束していても、再三のお願いをしても、この状態に突入するや、こちらから何度電話しても決して電話を取らないのです。固定電話も携帯も一切関係なく、すべてが完全な無視で、まるで俗世間を完全に遮断するごとくです。
出ないとなったら徹底的で、その思い切りの良さときたら、世間やお客さんに対して、よくもそんなことをする度胸があるもんだと感嘆させられるまでに徹底しているのです。
この人に限っては、仮に誘拐とか失踪など事件に巻き込まれても、おそらく数ヶ月は誰も気が付かないでしょう。

非常手段としてはファックスを送り付けたりもしますが、それが役に立つことは5回に1回ぐらいしかありません。
それが1日や2日ならともかく、ときには何週間もその状態になることも珍しくはなく、それでも連絡したいお客さんのほうが辛抱強く電話をかけ続けるという異常事態が続きます。
出ないことがわかりきっている番号へ、ひたすら電話をかけ続けるという、まるで消耗戦のような毎日が続きますが、それで途中で諦めたり憤慨したりすれば、ハイそこまでというわけで、むこうは痛くも痒くもないわけです。

つまり、強いのは圧倒的に工場側というのがここのお客さん達の置かれた明確な立場なのですが、それでもお客さんが途絶えることはなく、次から次に問題を抱えた変な車が彼の手を頼って入庫を待っているのです。

日本車(そもそも故障もしないが)や、それに準ずるドイツ車の確実なメンテを当たり前だと思っているような人は、おそらくいっぺんで発狂するか掴みかかって首でも絞めてやりたいほどの怒りと屈辱を覚えるはずで、果ては、それで車さえ手放す立派な理由にもなるだろうと思います。

ところが困ったもので、趣味というのはこうした困難もどこか自虐的な楽しさに繋がっているのかもしれません。
ここのお客さん達は、もしかするとこんな苦行僧のような仕打ちまでも、ひとつの快感にまで到達しているんじゃないだろうかと思ってしまいますが、マロニエ君の場合は心の修行が足りないのか、さすがにそんな心境にはなれず、ただひたすら忍耐これ一筋というところです。

馴れとはおかしなもので、ちょっとした町の行列でも忌み嫌うマロニエ君が、ここ相手の場合のみ、まったく意識を切り替えて、この非常識に耐え忍んでいるのですから、なんという健気さ麗しさ…自分で自分を褒めてやりたいです。

それでも目出度いことに、つい先日から我が愛車はここに入庫の運びとなり、今は出来上がりを待っているところです。
週末にはやや遠方にでかけるので、それに間に合えばと目論んでいたのですが、さすがにそれは甘かったようで、いつものコンパクトカーで行かなくてはならないようですが、まあ仕方ありません。
入庫した以上は向こうも仕事をしないと車を出せないわけですから、こうなればこっちのものです。

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