道楽の殿堂

ピアノクラブの中に、なんと自分のスタジオをお持ちの方がおられ、そこでの練習会という名のお招きをいただき、マロニエ君も参加しました。

北九州市のとある一角にあるそこは、外観は普通の住宅街の中に半ば正体を紛らわすかのごとく静かに建っていますが、中に入ると大きく重い金属製のドアが目前に現れ、そこを開けると、さらにもう一枚同様のドアがあり、まるで金庫の中にでも入るがごとくこの厳重なドアを2枚くぐり抜けてようやくスタジオ内に入ることができます。

ベタベタとした鬱陶しい外の天気から見事に遮断されたそこは、爽やかな澄んだ空気の流れる別世界でした。
広いコンクリートの建物の中には優しげな木の床が敷き詰められ、随所に共鳴板や吸音目的の布の塊などが散見され、音響のためのあれこれの方策が練られては、試行錯誤を繰り返されている様子がわかり、ここのオーナーがいかにこだわりを持ってこの空間を作り上げておられるかが一瞥するなり伝わりました。

ピアノの音を出すと、一音一音の音には、まるで楽器の呼吸のような微かな余韻までがこの空間に鳴り響きます。
しかし鳴り響くとはいっても、決して音が暴れるような野放図なものではなく、響くべきものと余分な響きとが見事に峻別されており、人のイメージの中で「こうあってほしい」と思い描く、まさにそんな美しい音響空間が実現されていたのには深く感心させられました。

ピアノはディアパソンのDR500ですが、これがまた素晴らしいピアノでした。
コンサートグランドがカタログから落ちた現在、この奥行き211cmのモデルが現行ディアパソンの最高級モデルです。
以前、同社の社長と電話で話したときに聞いたことを思い出しましたが、鹿皮のローラーを使っているのがカワイとの違いのひとつだと言っていましたが、その恩恵なのか、タッチには奥に行くほど好ましい弾力があり、この特性とコントロールのしやすさという点では、むしろ優秀なドイツピアノを連想させるものがありました。

このDR500は、ディアパソンの生みの親である大橋幡岩氏の設計とは完全に訣別した新しいモデルで、ボディと響板はカワイのグランドRX-6そのものですが、そこにレスロー製の弦が一本張りされていることや、ハンマーはレンナーを、そしてなによりもディアパソンの技術者によって入念な出荷調整(これはピアノにとって非常に大切な点)されている、いうなればディアパソンの手によるスペシャル仕上げというべきピアノです。
そのために、大橋デザインでは見られなかったデュープレックスシステムなどもカワイと同じく備わり、音は良い意味で限りなくカワイに近いもので、昔のディアパソンのいささか攻撃的で厚ぼったい発音や、クセの強かった響きは完全に消滅し、代わりになめらかで美しい標準語を話すようなピアノになっており、ショパンなどを弾いても違和感なく収まりのつく、洗練された理想的なピアノになっているように思いました。

もうひとつ、たしかこのピアノはカワイでありながらアクションは従来の木製を貫いている点がディアパソンブランドのこだわりで、この点でも弾いていて樹脂製にはないナチュラル感と柔らかさがあり、極めて好ましい弾き心地であることも見逃せません。
まさに布団でくるんで持って帰りたいようなピアノでした。

いやしかし、こんな素晴らしい環境に住み暮らす非常に恵まれたピアノですから、これ以上の住処はないはずで、本当に幸せなピアノといえますし、このスタジオの出来映えも個人の道楽としてはまさに最高レベルもの。
こんな空間で思うさま練習ができるなんて、ここのオーナーはなんという幸せを独り占めしておられるのだろうかと思わずにはいられません。

現在のような言葉のインフレからすれば、ここはもはや堂々とホールを名乗っても良い場所で、巷にはこれとは比較にならないただの部屋みたいなものをホールと呼んでいるものをマロニエ君はいくつも知っています。
ここのオーナーはピアノはもちろん、ヴァイオリンも弾かれる由なので、いつかベートーヴェンのソナタでもお手合わせ願いたいと密かに企んでいるところです。

ともかく驚きの一日でした。

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