ペトロフのグランドを弾ける機会があり、知人と連れ立ってお試しがてら行ってきました。
小型グランドで外装は木目のチッペンデール、音も含めて個性的なピアノでした。
ペトロフのユーザーに言わせると、このピアノはスタインウェイなどとは目指す方向が違うもので、いわば「木の音」がするということを強く主張されている方などもあるようです。この意見にはマロニエ君の少ないペトロフ経験でいうと、いささか疑問に感じる面もありましたが、今回もその疑問が覆ることはありませんでした。
スタインウェイと方向性が違うことには異論はありませんし、いわゆるデュープレックスシステムを持たないピアノなので、響き自体にある種の直線的な率直さを感じる音色ではあると思います。
しかし、ペトロフの音には倍音と雑音の両方がむしろ多めで、しかもかなり金属音を含んだするどい発音のピアノだという印象があり、これがペトロフ独特の音色を作り出していると思います。
そしてその音は、東欧に流れる気質そのものみたいな響きで(チェコじたいは中央ヨーロッパに位置する国ですが)、こういう音を好む人も多くおられると思います。
ひとつひとつの音に重さがあり、いわゆる明るい現代的なトーンの対極にあるピアノでしょう。
また、ドイツ的な理性と秩序の勝ったピアノでもなく、生々しい野性味さえ感じる音ともいえそうで、やはりこれはまぎれもなくドヴォルザークやスメタナを生んだ国の、深い哀愁に満ちた音だと思います。
ペトロフは価格に比して材料がよいピアノであることも有名でしたが、それはその通りだと思います。
ただしそれはあくまで音に関する部分だけかもしれません。
とりわけ白っぽい目の揃った響板などはそれを如実に物語っていたように思いますし、音自体にも良い材質を使ったピアノならではのパワーがあり、音が太く、よく鳴っていたと思います。
ただし、工作や仕上げのレベルは率直に言ってそれほどでもなく、この点では中国やアメリカのピアノ並で、全体の作りとか仕上げは残念ながら一級品のそれには及ばないものがありました。
製品としての仕上げには価格に対して必要以上のことはしないという、はっきりした割り切りがあるようにも感じられ、ピアノはここから先を工芸的に美しく仕上げるとなると一気にコストが上昇するという感じが伝わってくるようでした。
その点では日本のピアノが大量生産でありながら、あれだけの(仕上げの)クオリティを保っているのは、なるほど世界が目を見張るだけのものがあると理解できます。
さて、今回弾いたピアノはタッチ面で無視できない大きな問題を抱えていました。
キーが重めで、しかもストロークの比較的浅い部分で発音してしまうので、指先とハンマーの反応に一体感が得られず、コントロールがおおいにしづらい状態でした。大音響でバンバン弾く分にはともかく、デュナーミクや表情の変化に重きを置く演奏にはまったく向きません。
ただし、現代のペトロフはアクションはすべてレンナー製のごく標準的な基準で作られているらしいので、これは調整次第でじゅうぶん解決できることだと思われました。
それだけピアノに本来の輝きを与える役どころは技術者の熱心な仕事にあるということでもあります。
どんなに鳴りの良いピアノでもタッチコントロールが効かないことには魅力も半減ですが、しかし、逆を言うと生来鳴る力のないピアノを鳴るようにすることはまず不可能ですから、この点でペトロフの潜在力は旺盛で、おおいに可能性を秘めたピアノだという印象でした。