知人がピアノ購入を検討しているらしく、大手楽器店にある戦前のスタインウェイのS型を先日見に行きました。
戦前のモデルですが、ほぼ完全なオーバーホールがされており、見た感じではパリッときれいな印象で、とても70年以上経ったピアノには見えないものでした。
とくにきれいだと思ったのはボディの塗装で、赤みがかった美しいマホガニーの上にクリアーが上手く吹き付けられており、こういうことは直接音とは関係ない部分ですが、やはり購入を検討する中古品の場合、楽器としての内容もさることながら、視覚的な美しさは大きな魅力になると思います。
人間にとって、視覚的要素というのはやはり小さくない部分で、その影響を受けるのが普通ですし、逆にそれを完全に度外視するということの方が極めて難しいと思われます。
とりわけピアノは中古でも輸入物の一級品となるとかなり高額な買い物ですから、心情として見た目の美しさもたいへん重要になり、音や響きはもちろんのこと、目を楽しませるものでもあってほしいものです。
見た瞬間の第一印象というのは後々までその影響を引きずりますから、もしマロニエ君が中古ピアノ販売の経営者なら、内容の充実は当然としても、見た目も重視するでしょう。そのために少し値が張っても、視覚的な要因にもじゅうぶん堪えるような仕上げをするだろうと思います。
どんなに麗しい音色を紡ぎ出す楽器であっても、見た目がぼろぼろの傷だらけでは購入意欲もそがれますから。
さてこのピアノ、率直にいうと整調面でまだまだ手を入れるべきと思われる部分もありましたから、現状のままでもろ手をあげて勧める気にはなれませんでしたが、基本的には大変健康な元気のあるピアノだと思いました。
驚くべきは、とにかく良く鳴る溌剌としたピアノで、その音はとても戦前生まれの奥行きが僅か155cmしかない小さなピアノとは思えません。いまさらながらスタインウェイの持つパワーと、その持続力には脱帽させられました。
(ちなみにこれ、ヤマハのCシリーズ最小のC1よりもさらに6cmも短いサイズで、もっとも一般的なC3などは186cmですから、それより31cmも短いピアノです)
日本のピアノ(少なくとも現行普及品であれば)なら、もっと何サイズも大きなモデルでも、このスタインウェイの最小モデルに、ピアノとしてのパワーの点ではとても敵わないという印象でした。
もちろん音質然りで、とくに少し距離を置いて聴いていると、その密度の高い聴きごたえのある音ときたらさすがというほかなく、つい欲しくなるピアノでした。
先日の練習会での100歳のブリュートナーの枯れた感じもとてもよかったけれど、この73歳のスタインウェイのパワーはまだまだ若々しく、さらに次元の違いを感じます。
外装やフレーム、響板なども全塗装され、内部の消耗品や弦までかなりの部分が新品の純正パーツ(という話)に交換されているので、総合的にみるとじゅうぶん納得できる価格設定のように思われました。
ここの営業マンが主に関東に集中する同社の在庫表を見せてくれましたが、大半のピアノが純正パーツを使ってOH(オーバーホール)されており、これが真実言葉通りなら、その販売網と相まって輸入ピアノ業界では脅威だろうなあとも思いました。
普通はスタインウェイの本格的なOHともなると、国産の新品グランドが買えるぐらいの費用がかかりますから、それを思うと、一気にコストパフォーマンスが増してくるようです。
ただし、真正な作業であるかどうか、本当に純正パーツを使っているかどうかまではマロニエ君にはわかりかねますが。
すくなくとも「オリジナル」と称して、消耗部品にはなにも手を付けず、表面的な調整だけでお茶を濁して、ずいぶん立派な値段で売っている輸入ピアノはごろごろしていますから、それよりはよほど良心的な気がしました。