会話がない!

過日、ちょっと気の利いた定食を出す店に行ったときのことです。
そこは美味しくて値段も安いので、週末ともなると順番待ちが出るような人気店で、必然的にテーブル同士の距離もかなり狭く詰めた感じになっています。

マロニエ君が入店してほどなくして、ひと組の親子がすぐ隣の席にやってきました。
小学校3、4年生ぐらいの女の子と、おそらくは30代と思われるサラリーマン風の若いお父さんでした。

二人でメニューを覗き込んで、あれこれと相談しています。
はじめは麗しい光景のように思えたのですが、注文が終わると女の子は横に置いていた袋をポンとテーブルの上に置いて、中から買ってもらったばかりとおぼしき分厚い本を取り出しました。
チラッと視界に入ったところでは漫画本で、いきなりお父さんそっちのけでそれを読み始めたのはありゃという感じでしたが、今度はお父さんもやおら文庫本を取り出して、黙ってそれを読み始め、いらい食事が運ばれてくるまで、二人はそれぞれ本を相手に沈黙状態となり、まるで図書館のようでした。

しばらくすると料理が運ばれてきたのを潮に女の子は本を椅子において食べ始めます。
するとお父さんは自分のお盆からメインの料理を取り出して、自分と女の子の間の僅かな隙間にこれを置いたので、娘にも食べろという意味だろうと思いました。
ところがそうではなく、そうやって空けたスペースに読んでいた文庫本を置いて、本を読みながらの食事が始まったのには唖然としてしまいました。

男がたった一人で食事をする際に、スポーツ新聞なんかを読みながらというのは感心はしませんが、人によって状況しだいではあるとしても、小さい娘と二人きり向き合ってせっかく食事をするのに、なにもそうまでして本を読まなくてもと思います。

その若いお父さんは、口はパクパクさせながらも、目はひたすら本の文字を追い続け、ひと言も、本当にひと言も娘と会話がありません。ときどき「お父さん…」と呼びかけて、タレがどうとかお皿がどうとか言っていますが、それにもまともな反応はなく、「んー?」とかいうだけです。

横のテーブルをチラチラ見るのもどうかとは思いましたが、なにしろテーブル同士がかなりくっついているので、嫌でも視界に入るわけです。驚いたことには、文庫本は開かれた状態で完全に長方形のお盆の中に入っており、口はモグモグ、お箸はサッサと動かしながらも、かなり真剣な様子で読みふけっているのは、技巧と集中力には感心させられました。
娘の顔を見るとか、くだらないことでも話をするという気持ちが微塵もないことがわかり、マロニエ君はもともとあまりベタベタしたことをいうセンスではないのですが、さすがにこれはどういうつもりなんだろうかといささか憤慨しました。

そのうち娘のほうは食べ終わりましたが、そのあとはマンガを読むでもなく、お父さんが食べ終わるのをじっとなにもせず、足をプラプラさせながら待っている姿がなんとはなしに哀れになりました。
それでもお父さんの方は娘の状態になど一瞥もくれず、最後の最後までマイペースを崩しませんでした。

あれじゃあ、行儀やらなにやらの躾もなにもあったもんじゃないというのは一目瞭然で、家の中でも実用会話以外はほとんどないまま、好き勝手にテレビでも見ているんだろうと思います。
正しい日本語の使い方とか挨拶のしかたなどは、家庭内の日常生活の中で自然に覚えていくものだと思うのですが、ま、あの様子では到底期待できそうにはありません。

さりげなくすごいものを見たという気分でした。

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