懐かしい雰囲気

クシシュトフ・ヤブウォンスキのピアノリサイタルに行きました。

今回はちょっと珍しいコンサートで、会場が通常のコンサートホールではなく、カワイ楽器の太宰府ショップ内で開かれた百数十人規模のコンサートでした。
いつもならグランドピアノが所狭しと並んでいる店舗内は、ものの見事にピアノが片づけられて椅子が整然と並び、正面のカーテンの前にはこの店のシゲルカワイ(SK-6)だけが置かれています。

ヤブウォンスキはポーランド出身のピアニストで、1985年のショパンコンクールで第3位になった実力派で、こういう世界的なピアニストが通常のコンサートホールではなく、このような形でのコンサートをおこなうというのが非常に珍しく感じられて、チケットを購入したのでした。

ちなみに1985年のショパンコンクールといえば、あのブーニンが優勝し、2位がフランスのマルク・ラフォレ、4位が日本の小山実稚恵、5位がフランスのジャン=マルク・ルイサダという、全員が今も現役で活躍している実力者を数多く輩出した年でした。

開演前にお手洗いに行って廊下に出たとき、ドアの真向かいにある控え室(たぶん事務所)の扉が開いていて、そこにヤブウォンスキ氏が立っていて、ある女性の挨拶をにこやかに受けているところでした。
テレビやCDのジャケットで見覚えのあるその顔は、いかにも優しげな笑顔に溢れており、しかもおそろしく長身なのに驚きました。

プログラムはオールショパンで、そのパワフルなポーランドのピアニズムには久々に舌を巻きました。
演奏時間もたっぷりで、19時の開演、アンコールまで終わった時にはほとんど21時半でした。
音楽的にはいささか野暮ったいところがあり、いかにもかつての東側の演奏そのもので、現代的な洗練はありませんし、同意しかねる点も多々ありましたけれども、なにしろ、その圧倒的な迫力と技巧はそれを身近に触れられただけでも充分に行った甲斐があったというものです。

最近のピアニストがいかにも効率的な訓練によって、器用にまとまった演奏ばかりを繰り広げる中で、こういうちょっと昔流の訓練と修行を経た、器の大きい演奏家に接したのは実に久しぶりという気がして、音楽そのものを聴いてどうというよりも、なんとなくその醸し出す雰囲気がひどくなつかしいもののように思えました。

とりわけ強く激しいパッセージやオクターブの連打などは重戦車のようで、しばしば風圧を感じるほど。あきらかに素人のそれとは大きく隔たりのある、いかにもプロらしいプロの技を堪能することが出来ました。
とにかく、まったくなんの心配もなしに聴けるという、大船に乗っているような安心感だけでも、やはりこういう人こそが人前で演奏すべきピアニストと呼べるのではないかと思いました。
昔はコンサートといえば、だいたいこのような格付けの実力者だけがステージに立っていたわけで、好みは別にしても、その大きさから来る聴きごたえとか充実感がありましたが、最近は玉石混淆で見た目から演奏まで素人の延長線上にあるような演奏家が多いことは、それだけでもコンサートというものの意義や感銘を薄くしていると思いました。

ただしヤブウォンスキのショパンは当然ながらポーランドのベタなショパンであり、ある見方をすればこれぞ本物のショパンということになるのかもしれませんが、マロニエ君は残念ながら全く好みではありません。
先述したように、ショパンといえばまっ先にイメージする洗練されたピアノの美の結晶、気品と情熱とデリカシーが共存した他を寄せ付けない世界とはとは無縁の、泥臭い麦わらの香りのするようなショパンで、いわゆるフランス的なショパンとは対極にあるものでしょう。

ステファンスカ、エキエル、ハラシェヴィッチ、ツィメルマンなどに通じるあの雰囲気であり、そう考えるとブレハッチなどはポーランドとはいっても、若いだけずいぶん今風に磨かれているということに気付かされます。

ヤブウォンスキのスタミナあふれる大排気量のエンジンが回っているようなピアノを聴いていると、ショパンよりはベートーヴェンなどのほうがよほど聴いてみたい気がしました。

ピアノに関しては、感じる点は多々あれども、もう今回は止めておきます。

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