仮の嫁入り

つい先日、知人の自宅に美しいピアノが搬入されました。
マロニエ君も当日はご招待に与り、午後からお邪魔して、少々弾かせていただきました。

このピアノは、その知人が数年間をかけて、実に30台近くを見て回って、吟味に吟味を重ねたあげくに運び込まれたスタインウェイです。

ここでいう「運び込む」というのは、いわゆる購入によるそれではなく、店頭で聴く響きが果たして自宅へ場所を変えた際にどうなるのかという点を迷っていたところ、店側の責任者の英断によって、それだったら自宅に運び込んでみましょうか?ということとなり、そこで双方の合意が得られたというものでした。

ですから、これは自宅部屋での響きを確認するという目的のための運搬と設置であって、まだ購入を決定したわけではありませんから、ピアノは届いても、まだ店の商品ということになります。

もちろん、それで納得すれば購入するという、大前提が付くのはいうまでもありませんが、こういう方法は客側からはなかなか言い出せるものではないものの、幸いにして店側がそこまで譲歩してきたために思いがけなく実現したものでした。

店側にしても、そういう思い切った手段に出た方が話が早いという目論見があった可能性は十二分にあり、営業サイドとしては、十中八九話は決まったも同然の、事実上はほとんど片道キップで送り出したピアノだっただろうと思われます。
まあそれだけ店側にも自信があったという解釈もできますし、そうすることがギリギリのところまで来ている購入者の決断の、背中をもうひと押しすことにもなると踏んだに違いありません。

正直いって、マロニエ君もそのピアノの音色や鳴りが優れていることは感じていましたし、しかもその良さはピアノ本体がもっているものであって、決して店頭の音響的な条件とか助けによって達成されていることではないことはほとんどわかっていました。
さらには、知人宅のピアノを置く予定の環境も知っていましたから、このピアノがそこへ持っていったとたんに大きく音色や響きが変わるなんてことはないことも容易に想像がつきました。
ただ、決して安い買い物ではないし、当人としては念には念を入れたいと考えることは大いに理解できます。

ときどき耳にする話ですが、ショールームで弾いてみて気に入って購入したピアノだったにもかかわらず、いざ自宅へ届けられて部屋に置いてみると、まったくその良さが損なわれてしまってガッカリという話もありますし、場所が変わってフタを閉めたらタッチまで別のピアノのようになってしまったなんていう笑うに笑えない話もたしかにあるので、できることならこういう順序で購入できるものなら、あとから失望するなんてことはないわけで、多少の手間暇はかかりますが、これはこれでひとつの賢いやり方だと思いました。

別の店で見たピアノでは、店頭での調整とか設置環境によって響きが違うということで、遠方まで数回足を運んだという経緯もありましたが、今回しみじみ思ったことですが、良いもの/それほどでもないものは、あれこれと分析したり理由付けなどしなくても、だいたい初めの5分で決するものですし、もっというならものの10秒ぐらいで勝負はついてしまうように思います。これはピアノに限りませんが。
ピンと来ないものは、やはり何かがあるのであって潔く止めたほうが賢明で、時間をかけたからといって良し悪しの判断が覆ることはまずないし、そのあとにやっていることは、専ら言い訳さがしにすぎないのです。

その点で、このピアノは初っぱなから好印象がずっと崩れずに続いていました。

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