最新のファツィオリ

またしてもヘンなCDの買い方をしてしまいました。

ダニイル・トリフォノフのショパンで、先ごろデッカから発売されている新譜です。
この人は昨年のショパンコンクールで3位になり、今年のチャイコフスキーではついに優勝まで果たしたロシアの青年。これまでに接したコンクールのCDや映像、あるいはネットで見ることの出来る演奏などに幾度か触れたところでは、全くマロニエ君の興味をそそる人ではなかったものの、このCDの購入動機は専ら使われたピアノにありました。

そのピアノはファツィオリで、前半が最大モデルのF308、後半がF278という二つのピアノが使われているし、録音は一流レベルのデッカで、いずれも昨年の録音です。
トリフォノフはファツィオリ社がいま最も期待をかけるアーティストで、その彼のメジャーレーベルのデビューアルバムともなれば最高の楽器を準備していると考えられ、いわば「ファツィオリの今の音」を聴いてみるには最良のCDだろうと判断したわけです。
ただしかし、最近のCD製作はコストダウンが横行しているらしく、このアルバムもふたつのコンサートからライブ録音されているようでした。

第1曲のロンドの出だしからして、いやに音がデッドで、ホールはおろか、最近はスタジオでのセッション録音でもこんな響きのない音は珍しいので、まずこの点でのけぞりました。しかし、その分ピアノの音はより克明にわかるというもので、これはこれで目的は達すると考えることにしました。

音に関しては、今をときめくファツィオリで、さらには国際コンクールなども経験し、いよいよ佳境に入っていることだろうと思ったのですが、予想に反して不思議なくらい惹きつけるところがない。
だいいち音があまり美しくないし、深みがなく、楽器としての晴れやかさがない。
倍音にもこだわったピアノと聞いていますが、それが有効に効果を上げているようにも聞こえないし、むしろ寂寞とした感じの音に聞こえたのは意外でした。
なにより音が詰まったようで、ちっとも歌わないのがもどかしく、「イタリアのベルカントの音」なんて喩えられますが、はぁ…という印象です。
音そのものより、楽器の鳴りに抜けと軽さがなく、むしろ鳴り方は重い印象でした。

元来イタリアのものは、どんなものでも光りに満ちて色彩的というのが相場ですが、その点でも肩すかしをくらったようでした。F308などは、奥行きが3m以上もある巨大さは一体何のため?と思うほど、音楽的迫力も豊かさも感じません。
どことなく無理に音を出しているという印象で、その点ではむしろF278のほうが多少の元気さとバランス感もあり、いくらか良い感じですが。

ファツィオリは、新興メーカーにもかかわらず高級ブランドイメージの確立には成功しているようですが、その音はあまり個性的とは言えず、むしろ今風の優等生タイプにしか聞こえませんでした。
以前、マロニエ君はファツィオリはどこかヤマハに似ている、いわばイタリア国籍の高級ヤマハみたいなもの、という意味のことを書いた覚えがありますが、今回もほぼおなじように感じました。

そして皮肉にも、そのヤマハのほうが現在ではCFXによってうんと新しい境地を切り開いたと思います。
少なくともCFXには今のヤマハでなくては作れない、ピアノの新しい個性があるけれども、どうもファツィオリのピアノにはこれだという明瞭な何かを感じないのです。従ってヤマハといっても昔のヤマハに似ているというべきでしょう。

聞いた話では、ファツィオリは間近ではとても大きくわななくように鳴るのだそうですが、それがどうも遠くに飛ばないのかもしれません。
だから、このピアノに直接触れてみた人は、ある種の要素には何らかの感激を覚えるのかもしれませんが、普通に鑑賞者として距離をおいて、演奏される音だけを聴く限りにおいては、どこがいいのやらサッパリわからないところがあるのだろうと思います。

もしかしたらマロニエ君の耳と感性が及ばないのかもしれませんから、それなら誰かにファツィオリの魅力はなへんにあるかをぜひとも教えてほしいものです。

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