先生は音楽が嫌い

昔から長らく変わらない印象ですが、ピアノの先生とかピアニストという人達は、あまり他人のコンサートにはいらっしゃらない気がします。

とりわけピアノの先生などは、そもそも音楽がそれほどお好きではないようで、積極的に好きだという人のほうが珍しいし、コンサートなどほとんど意識にもないというタイプが多いのは驚かされます。
では、よほど込み入った理由があるのかといえば、そうではなく、要するに音楽に対してほとんど無関心という場合が大半なようです。
もちろん中には例外はありますが、それはあくまで例外です。

さらには、ピアノの先生なら仮にコンサートに行くにしてもピアノのコンサートしか行かないし、自分の自由な意志でシンフォニーや室内楽を聴きに行くなんてことは、あまり聞いたことがありません。

だいたい先生がそれでも行くコンサートというのは、出演者などとの絡みがある場合がほとんどで、自分の恩師の系統の人が出るとか、学校や教室などの関連といった色合いばかりで、純粋に自由な立場から、この人の演奏を聴いてみたい、このコンサートに行ってみたいということで、自分のお金でチケットを買って聴きに行くということはあまりないようです。
それで生徒にはチケットを押しつけたりするのですから、ちょっとねぇ…。

以前はマロニエ君も人並みに、あれこれのピアノの先生を知らないわけではありませんでしたが、昔からコンサートでこの先生達にお会いするということはまずないので、そういう意味では安心してホールのロビーなども自由にウロチョロできたものです。
いらい、マロニエ君はピアノ先生とはそんなものというイメージが形成されていったわけです。
「先生」と呼ばれる立場でありながら、これほど音楽や楽器の本質に疎く、もっぱら指運動の難易度と優劣だけに関心が注がれているのは昔も今もあまり変わりないようです。

それに対して、この2年ほどピアノクラブというものに所属してみたら、そこではピアノがなんら義務ではなく、本当に自分の自由な意志から好きで楽しんで弾いているという、まったくそれまでに接触したことのない人達を目撃し、新たなご縁ができることになりました。
趣味なんだから、べつに間違っても下手でもいいから、ともかくピアノを弾いて楽しんで、そこから同好の仲間との交友関係を築くというのは、ある意味ではまことに新鮮な感覚でした。

クラブの人達がいわゆるピアノの先生や、そこにまつわる人達とはまったく違う人種であることを如実にあらわしていることのひとつが、コンサート会場でときどきお会いするということです。
ピアノクラブの人達もマロニエ君と同じように、誰から強要されるでもなく、自分のまったく自由な気持ちからチケットを買って、時間を作って、楽しみでコンサートを聴きに来ているわけで、これは実に素晴らしいことだと思うのです。
まあ本来ならこれはそう感心するほどのことではなく、自分が好きなことならごく当たり前のことなのですけれども、その当たり前と思われることが、ピアノの先生などの世界の人達にはウソみたいに欠落しているのですから、それに比べればやはり感心するのも仕方がないでしょう。

きっと先生達はCDなんかも特定の目的以外ではろくにもっていないはずで、コンサートにも行かない、よい音楽、よい演奏を普段からほとんど遠ざかっていて、なんのために音楽に関わっているのか疑問に感じてしまいます。
たまさかコンサートに行けば、全体の演奏の良し悪しに心を向けるでもなく、あの曲のあそこのところが違っていた!なんてことだけを指摘してご満悦だという話もよく耳にしますね。

プロでもアマチュアでも、音楽に関わりを持つからには、それが心底好きで、良い音楽は少々の無理をしてでも聴きたいという純粋さと意欲だけは失いたくないものです。

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