先のトリフォノフに続いてまた驚くべきCDに出会いました。
ホルヘ・ルイス・プラッツというキューバの名ピアニストが、今年の春、スペインのサラゴサでおこなったリサイタルがライブ収録されて、そのCDが出ているのですが、これがまたのっけからひどい音で、思わず「えっ?」という声が出るほど耳を疑いました。
レーベルはトリフォノフと同様デッカです。
デッカといえば、イギリスの名門中の名門で、とりわけ音に関してのクオリティの高さは定評がありました。色彩的で鮮烈なサウンドをもった作品の数々は、これまでにどれだけ楽しませてもらったかわかりません。
ショルティやアンセルメ、シャイー、パヴァロッティ、ピアノではシフやルプー、アシュケナージ、古くはバックハウスなどこのレーベルが生み出した名盤を数えだしたらキリがないほどです。
強いて言うなら、過去の録音では一連のラドゥ・ルプーの録音は名門というわりにはいいとは思いませんでしたから、まあすべてが名盤とは思いませんが。
いまはすべての業界が生き残りをかけてコストダウンなどに厳しく取り組んでいる世相だというのはわかりますが、そのぶん録音機械は発達して良くなっているはずですから、シロウト考えで、多少のコストダウンとは言っても、それを充分カバーできるだけの進歩した録音性能があるのでは?とも思うわけで、どうしてこんなヘンテコな音の商品が出てくるのか理解に苦しみます。
尤も、マイクなどオーディオの世界などは古い機材を名器などと言って高く評価する向きもあるようで、このへんの専門分野のことはマロニエ君はさっぱりですが、ともかくいい音とは思えないアイテムが多すぎるように感じることは事実ですし、それがかつて音質の良さで名を馳せた名門ブランドの商品だったりするだけよけいに驚きもするわけです。
オーディオのことはてんでわかりませんが、まず感じることは、いかにもマイクが安物だということです。
音は浅く広がりがなく、モコモコしていて、レンジの全体を捉えることが出来ていないから、目の前に迫ってくる大きな音ばかりを中心に平面的に捉えてしまっているように思います。
…にもかかわらず、ホルヘ・ルイス・プラッツは大変なピアニストで、これについては別項に譲りますが、ともかく今はこういう腹の底からピアノが鳴らせる人がほんとうに少なくなってしまって、久々にこういう演奏を聴いたように思います。その聴きごたえ充分の、雄渾きわまる演奏の素晴らしさが、いよいよこのまずい録音を恨みたくなるのです。
この程度の録音なら、はっきりいって現在ならちょっとこの道に詳しいシロウトでも充分可能ではないかと思われます。少なくともデッカのような名門のプライドを背負ったプロの仕事ではない。
昔のような理想主義的な仕事ができないご時世だというのはある意味そうかもしれませんが、それにしても今どきのCDの音質は、あまりにも玉石混淆だといえるでしょう。
本当に素晴らしいものがある一方で、エッ!?と思うような劣悪なものが混在しているのは、どういうわけか。
しかもデッカのような名門がこんな録音を平然と製品として世に送り出すこと自体、クラシックのCD市場が疲弊していることをいかにも物語っているようです。
せっかく名門レーベルからCDが出ても、これでは演奏家と、それを買った客が被害者ですが、まあそれでも演奏が素晴らしいから、やはりそれでも発売されたことは最終的によかったと思いますが…。