不気味なショパン

昨年のことですが、ちょっと冒険して変なCDを買ってみたところ、それは予想を遙かに超える恐ろしいシロモノでした。

ジョバンニ・ベルッチ(ピアノ)、アラン・アルティノグル指揮/モンペリエ国立管弦楽団によるショパンのピアノ協奏曲第1番他ですが、この協奏曲はカール・タウジヒという19世紀を生きたポーランドのピアニストによって編曲されたものがライブで演奏収録されています。

とりわけオーケストラパートに関しては、編曲という範囲を大幅に逸脱しており、耳慣れた旋律が絶えず思わぬ方向に急旋回したり、まったく違う音型が飛び出してくるなど、突飛だけれども諧謔のようにも聞こえず、滑稽というのでもないところが、ある意味タチが悪い。
やたら頭がグラグラしてくるようで、聴いていて笑えないし、むしろその著しい違和感には思わず総毛立って、脳神経がやられてしまうようでした。

三半規管がやられる船酔いのようで、正直言ってかなりの嫌悪感を覚えてしまい、せっかく買ったので一度はガマンして聴こうとしましたが、ついには耐えられず再生を中止してしまいました。
こんなものを買うなど、我ながら酔狂が過ぎたと、その後はCDの山の中にポイと放り出したままでしたが、よほど身に堪えたのか、そのうちジャケットが目に入るのもイヤになり、べつのCDを上に重ねたりして見えないようにしていても、何かの都合でまたこれが一番上に来ていたりして、ついにはベルッチ氏の顔写真がほとんど悪魔的に見えはじめる始末でした。

ただこのブログの文章を書くにあたって、数日前、確認のためもう一度ガマンして聴いてみようと勇気を振り絞って、ついにディスクをトレイにのせて再生ボタンを押しました。
出だしはまるで歴史物の大作映画の始まりのようですが、序奏部は大幅に削除変更というか、ほとんど改ざんされ、驚いている間もないほどピアノは早い段階で出てきます。演奏そのものは、そんなに悪いものではありませんでしたが、はじめはそれさえもわからないほどに拒絶反応が強かったということです。

一度聴いて、大いにショックを受けていただけあって、今度は相当の気構えがあるぶん比較的冷静で、少しは面白く聴いてみることができました。はじめは、なんのためにこんな編曲をしたのか、この作品を通してなにが言いたいのかということが、まったく分からなかったし分かろうともしませんでしたが、少しだけそういうことかと感じる部分もやがてあらわれるまでになりました。

このCDには協奏曲のほかショパン/リスト編:6つのポーランドの歌や、ショパン/ブゾーニ編:ポロネーズ『英雄』/ブゾーニ:ショパンの前奏曲ハ短調による10の変奏曲なども収録されていますが、それらはしかし、なかなか優れた演奏だったと思います。

ジョバンニ・ベルッチという人は情報によると14歳までまったくピアノが弾けなかったにもかかわらず、独学でピアノを学び、15歳でベートーヴェンのソナタ全曲を暗譜で演奏できたという、ウソみたいな伝説の持ち主だそうですが、その真偽のほどはともかく、まあなかなかの演奏ぶりです。

ピアノについての表記は全くないのですが、ソロに関してはどことなくカワイ、コンチェルトではスタインウェイのような印象がありますが、そこはなんともいえません。

ベルッチ自身はイタリア人のようですが、このCDは企画から演奏まですべてフランスで行われたもののようで、こんなものをコンサートで弾いて、CDまで出してやろうというところにフランス人の革新に対する情熱と、恐れ知らずの挑戦的な心意気には圧倒されるようです。
ま、日本人にはちょっとできないことでしょうね。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です