NHKのBSプレミアムでは、山田洋次が選ぶ日本の映画というようなものをやっていて、面白そうなものがあるときは録画しています。
そこで、かの有名な『君の名は』が放映され、あれだけの有名作品ですが一度も見たことがなかったので、自分の趣味ではないとは思いつつ、どんなものやらと思い、ちょっと観てみました。もともとラジオドラマだったというこの作品は、放送時間になると女性ファンがこれを聞くために、銭湯の女湯が空になるという社会現象まで起こったというのは有名な話です。
東京大空襲のさなか、氏家真知子(岸恵子)と後宮春樹(佐田啓二)は偶然に出会い、共に戦火を逃れるうちに惹かれ合い、翌日数寄屋橋の上で、半年後の同じ日にお互い元気だったら会いましょうという約束をして別れるのですが、これがこのじめじめした慢性病みたいな恋愛物語の発端です。
すれ違いと、当時の倫理観、人間の情念、幸福の観念、運命、嫉妬、他者の目など、さまざまなものに翻弄されて、観る者は止めどもなく巻き起こる苦難の連続にハラハラさせられ、観ているうちに、なんとなく当時爆発的に流行った理由がわかるような気がしてきました。
それは、この映画が当時の自由恋愛(という言葉があった由)を夢見る女性の心理を突いている点と、新旧の時代倫理の端境期に登場した作品であるという点、とくに後年隆盛を迎える昼メロの原点というか元祖のような要素を持っているからだと思います。
お互いに強く惹かれ合っているにも関わらず、様々な運命がこれでもかとばかりに二人を弄びますし、真知子と春樹自身も、今の観点からすればなんとも思い切りの悪いうじうじした人物で、こういうものが流行ったことが、日本では恋愛映画がやや格落ちように捉えられたのも無理はないと思いました。
意外に長い作品で、2時間20分ほどをさんざん引っ張り回したあげく、ついに二人は結ばれるのかと思いきや、最後の最後でまたしても未練を残した形での別離となり、「第一篇 終」となったのには、思わず「うわぁ、こんなものがまだ続くのか!」と思いました。
それでネットで調べてみると、なんとこれ、全三部構成で上映時間は実に6時間を超すというもので、まるでワーグナーの楽劇並の巨編であるのには驚きました。
パリに渡る前の、磨きのかからない状態の岸恵子はまだそれほどとも思えませんでしたが、佐田啓治は息子の中井喜一とは顔の作りがかなりちがう正真正銘の二枚目で、太宰治風の暗い陰のある美男が、いかにもこの陰鬱な役柄にはまっていると思いました。
ここから高度経済成長と歩を共にするように、日本のメロドラマブームが始まったのではないか?という気がしました。
ときおりこういう映画を見るのもいろんな意味で面白いものです。