ようこそ

ご縁があって、昨年二度ほどコンサートで聴いたピアニストの方が我が家に練習に来られました。

春に東京などでベートーヴェンの協奏曲を弾かれるとのことで、しばらく雑談をしたあと、さっそくピアノに向かわれました。
せっかくなのではじめに第1楽章、終わりに第3楽章を聴かせていただき、途中こちらは仕事に戻りましたが、非常にしなやかなテクニックがもたらす、趣味の良い演奏で、ひさびさに間近に聴く秀演に感銘を覚えました。

やはりステージに立つピアニストというのは、当然ですがシロウトとは次元が異なります。
時間が無くて眠った状態に等しい我が家のピアノでしたが、そんなことはものともせずに非常に安定した確かな演奏を繰り広げられました。
すみずみまで神経の行き届いた緻密さと伸びやかさが同居した演奏です。
呼吸が自然で、聴く者に余計な緊張やストレスを与えず、すっきりと曲を聴かせるところも見事でしたし、作品そのものが持つ自発的な流れにも決して逆らわないというのがこの方の演奏の魅力だと思いました。
もちろん、それはサラサラした安全運転というのとはまったく違う、ビシッとメリハリもきいていて、必要な場所ではしっかりパワーもあるので聴きごたえがあって、ストレートに音楽がこちらへ向かってくるのです。

最近は指運動だけはいやに効率よく訓練されたピアニストが少なくありませんが、音楽は尤もらしいけれども表面的で必然性のない、音楽の本質をまったく感じさせない無機質な表現である事は珍しくありません。そんな中で、この方は音楽性や歌い込みにも確かな裏付けがあり、こちらが期待した通りの同意できる音楽を丁寧に描出させるという意味では、むしろ稀有な存在だと思いました。

作品が要求することを、ごく自然に受け容れて自分自身の感興と指の動きと呼吸に組み入れるというのは、当たり前のようでいて、実は最も難しいことです。

技術的に上手い人というのは沢山いても、演奏が終わってみて、また聴いてみたいと心に思わせるピアニストとなると、これは滅多にいないものです。
その一点においても、この方は注目に値する存在だと思います。

3時間ほど練習されてお帰りになりましたが、その後にピアノに触れると、ピアニストに集中して弾かれたおかげで、楽器が完全にあたたまっていて、とてもよく「鳴る」状態になっていました。
こちらも思わずうれしくなって30分ほど弾いてしまいましたが、コンサートでも後半のほうがどんどんピアノが鳴ってくるのと同じ現象ですね。

久々に上手い人に鳴らしてもらって、ピアノもストレス解消ができたことでしょう。

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