パイクのブラームス

なぜか日本での認知度と人気は今ひとつですが、クン=ウー・パイクという偉大な韓国人ピアニストがいます。
すでに60代半ばに達する年齢で、韓国ではこの巨匠の存在を知らない人はまずいないということですが、それはどこ人ということでなく演奏を聴けば当然だろうと思います。

実力に比べるとCDなどは決して多くはなく、印象に残るものとしてはプロコフィエフのピアノ協奏曲全曲などがありますが、それはもう圧倒的な演奏で聴くたびに唸らされます。
最近ではついにベートーヴェンのピアノソナタ全集が出たようですが、デッカというメジャーレーベルにもかかわらず、なかなかどこの店でも売られてはいないのがまったく腑に落ちません。

それ以外でのパイクのCDとしては、2009年の録音でグラモフォンからブラームスのピアノ協奏曲第1番(エリアフ・インバル指揮チェコフィル)が出ていて当然のように購入しましたが、これがまた期待にたがわぬ素晴らしい演奏でした。
パイクのピアノはまずなんと言っても、いかにも男性ピアニストらしい雄々しく重厚なピアニズムと他を圧するテクニックがあり、音楽はあくまでも正統派というべき解釈に徹していますが、正統派という言葉につきもののアカデミックで秀才肌であるとか面白味の無さとは無縁の、10回聴けば10回感動できる、真の実力と本物だけがもつ内面から滲み出るような魅力を具えた稀有な存在だと思います。

一般的に、ブラームスのピアノ協奏曲第1番はどうしても曲の大きさが奏者の負担になっているような演奏、あるいはあまりにも管弦楽曲的な要素を帯びすぎた説明的な演奏が少なくありませんが、パイク&インバルの演奏では、まさにこれ以上ないというバランスが取れており、良い意味でストレートで、曲の偉大さやオーケストラ作品としての重要性、そしてピアノ協奏曲としてのソリストの立ち位置がすこぶる明確になっている、まったく最良の演奏だと思いました。
さらには新鮮味もありながらオーソドックスな安心感もあり、すでに何度聴いたかわかりません。
これまでの同曲のベストはロシアのマリア・グリンベルクが遺した二種類のライブ録音だとマロニエ君は思ってきましたが、久々にそれを忘れさせる名盤が登場したことに深い喜びを感じているこの頃です。

この曲は演奏時間が長いことと、聴衆に満足を与える演奏がとくに困難なためか、普段の演奏会でも取り上げられることはほとんどありませんが、数多いピアノ協奏曲の中でも何本?かの指に入る傑作だと思いますし、もしマロニエ君がピアニストだったら、どんなに演奏の機会が少なくても絶対にレパートリーにしたい一曲であることは間違いありません。
そしてこのパイクのCDを聴くことによって、その思いを再確認させられました。

そういえばこの曲でふと思い出しましたが、以前、あるピアニストと話をする機会があって、その方がこの曲を二台のピアノで弾いたということだったので、マロニエ君はこの作品の素晴らしさに対する思いを話したところ、その人はまったくこの曲の価値がわかっておらず、ただ長大なだけの、ブラームスの駄作のように言ってのけたのには、それこそ内心でひっくり返らんばかりに驚きました。
自分で実際に弾いてみてさえ、その値打ちがわからないような人に何を言っても無駄だと思って、こちらもそれ以上なにも言いませんでしたが、こういう人もいるのかという強烈な印象はいまだに記憶に残っています。

パイクの話に戻ると、併録された「自作の主題による変奏曲op.21-1」と「主題と変奏(弦楽六重奏曲op.18に基づく)」も聴きごたえじゅうぶんのまったく見事な演奏!
主題と変奏などは、ピアノソロでありながらあの弦楽六重奏の息吹をありありと表現しきっているのは、思わずため息がもれてしまいました。
なんとかしてベートーヴェンの全集を入手するほかないようです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です