楽器を弾く権利!

過日、知り合いのピアニストと食事をした折に、留学時代のヨーロッパの様子など、いろいろおもしろい話を聞かせてもらいました。

驚いたことはドイツやオランダなどは、都市部でも賃貸の物件が少なく、家賃も決して安くないためにこれを確保することがまずもって一苦労だということでした。
とくに学生などは数人でのルームシェアは当たり前だそうで、そのスタイルが逆に社会人の間にさえ広まりつつあるのだとか。はじめは屋根裏部屋のようなところもあったらしく、賃貸物件など供給過剰で空室があふれる日本とはまるきり事情が違うようです。

ピアノで留学しているにもかかわらず、自室にピアノがないことさえあったらしく、アップライトでも確保できたら良しとしなくてはいけないのも、単純にずいぶん厳しいなぁ…と思ってしまいます。
裏を返せば、勉学というものは困難な状況で努力奮闘することも、却って気合いが入るものかもしれませんが。

逆に驚いたのは騒音問題で、この点は、日本は厳しいどころではない、極めて神経質に取り扱われる深刻な問題になっていて、アパートやマンションのような集合住宅ではほとんどが事実上の禁止状態に近く、多くのピアノ弾きの皆さんが最も困難を感じ、周囲には格別の気を遣っておらる最大の問題です。
当然、中にはそれが引っ越しの動機にさえなるほどの、まさに胃の痛くなるような問題に発展することも珍しくはないようです。
ピアノをはじめとする楽器の音は、周囲の人達にとってはとにかく不愉快な騒音だという大前提があるので、その中で曜日や時間帯に気を配りながら、身をすくめるようにしながらピアノを弾いている人が大半ですから、例えヨーロッパといえども、それなりの配慮が必要な問題だろうと思っていました。

ところが、ドイツではなんと人々は楽器を演奏する「権利」があるのだそうで、1日3時間は楽器の音を出しても良いという決まりになっているというのですから、彼我の文化の違いにはただただ唖然とさせられました。
これはまず、音楽に対する本質的な愛情の持ち方が、根底から違うのだなあというのが率直な印象でした。
そのピアニスト氏によると、アパートの隣室の老夫妻などは「むしろどんどん弾いてくれ」とまで言われたのだそうで、おかげで夜もかなり遅くまで気兼ねなく弾くことができたといいます。

そのかわり、午後の1時から3時までは「ルーエ・ツァイト」といって、この時間帯はできるだけ音を出さず、みんなが静かに過ごす時間帯なのだそうで、その時間だけ音出しを控えれば、あとは日本のような楽器の騒音問題は事実上ないに等しいのだそうです。

これはもはや良し悪しの問題ではなく、さすがドイツは音楽の中心国だと、ただただ感心する他ありませんでした。
日本人がわずか百年余の間に、まったく文化背景の異なる西洋音楽をものにして高度な演奏を可能とし、優れたホールや楽器がいくらあまねく整ったなどと言ってはみても、所詮はこういう一般市民の根底に流れている意識レベルが違うということは、これぞまさに歴史と文化、それが染み込んだ土壌というものの違いをまざまざと思い知らされるようでした。

もちろん、かくいうマロニエ君とて、もし自分がマンション暮らしで、近隣からのピアノの音に連日悩まされたら、音楽云々以前に閉口するとは思いますが…。

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