パイクのベートーヴェン

韓国ピアノ界の巨星ともいうべきクン=ウー・パイク。
この人の演奏するプロコフィエフのピアノ協奏曲全集やブラームスの第1協奏曲にマロニエ君はすっかり惚れ込んでしまって、彼が2005年から2007年にかけて作り上げたベートーヴェンのピアノソナタ全集を購入すべく探していることは、以前このブログに書いたばかりでした。

どういうわけか他の演奏者のように、どこの店でも取扱いがあるわけではなく、結局アマゾンで見つけて購入することに。ほどなく届き、はやる気持ちを抑えつつ、最初の一枚をプレーヤーに投じました。

この全集は9枚組で、曲は番号順に並んでいますから、一枚目は第1番ヘ短調から始まり、9枚目の最後は第32番で終わるということになります。
果たしてこれまでのクン=ウー・パイクの数々の名演からすれば、とくだん輝いているようでもない普通の感じでのスタートとなりましたが、いくら聴き進んでも一向にパッとしない演奏であることに否応なく気づきはじめました。
第4番から始まる2枚目でそれはある程度明確になり、3枚目の第7番や悲愴などの茫洋とした演奏を耳にするにいたって、それは甚だ不本意ながら確信へと変わりました。

もちろん曲によって多少の出来不出来があるのは致し方ないとしても、月光の第3楽章では、ある程度のpもしくはmpで上昇すべきアルペジョを、力任せにフォルテで駆け上るに至って、なんだこれは!?と思いました。
このころになると、はっきりと裏切られたという現実を認識していましたが、とりあえず軽く一通りは聴かないことにはせっかく安くもないセットを買ったことでもあり、悔しいので途中棄権はせず、敢えて最後まで聴き続けることにしました。

田園などは比較的よい演奏だったとも思いますが、テンペストや期待のワルトシュタインなども一向に冴えのないただ弾いてるだけといった感じの演奏でした。熱情では急に第3楽章のみやたらとテンポが速くて、これも大いに不自然でしたし、テレーゼなども優美さがまったく不足していました。

後期の入口であるop.101は比較的良かったとも思いますが、続くハンマークラヴィーアでは再び、ただ色艶のない重い演奏に終始します。
9枚目の最後の3つのソナタも、美しいop.109、感動のop.110はあまりに凡庸な演奏でしたし、最後のop.111でも特に大きな違和感や疑問を感じるような演奏ではないものの、これといって酔いしれるようなものではない、ごくありきたりな感じで、この作品が持つ精神的な崇高さをとくに感じることもないまま、ついには9枚のCDを聞き終えました。

ただし、だからといってパイクが他の曲で聴かせた名演の数々を否定するものでもありませんので、これはマロニエ君としては演奏者と作品(この場合は作曲者というべきか)との相性の問題だろうと考えたいところです。今にして思えば、この人はどちらかというと協奏曲(それも大曲、難曲の)に向いているような気もします。
そういえばフォーレのピアノ曲集も高い評判をよそに、マロニエ君の耳には、大男が無理にデリケートな演技をしているようで、ただ眠くなるばかりの演奏だったことをこの期に及んで思い出しました。

ちなみにこのディスクはデッカからのリリースですが、以前も書いたように、この名門ブランドとはちょっと思えないようなモコモコした、まるでクオリティを感じない音しか聞こえてこないことも併せて残念なことでした。
CDの成功は、演奏もさることながらその音質に負うところも大きく、その点でもこの全集ははっきりと失敗だったとマロニエ君は個人的に考えているところです。

最近のパイクのCDがグラモフォンからリリースされているところをみると、デッカの音質ゆえの移行なのかもしれないと、あくまで想像ですけれどもかなり自信を持って思っているところです。

それにしても一枚物のCDでも失敗は良い気分ではないところへ、9枚組のベートーヴェンのソナタ全集がまるごと失敗というのは、さすがに残念無念がズシッと重くのしかかります。
再び手にすることがあるかどうか…ハァ〜です。

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