あるビルの、地下2階から4階の駐車場へ上るべく、エレベーターへと向かったら一足先にちょっと個性的な感じのおばさんが一人エレベーター前で待っていました。
ザンギリ頭でまったく化粧気がなく、服装も男性的な感じでした。
2台あるエレベーターは両方とも今しがた上に向かったばかりという生憎なタイミングで、これはかなり待つことになると覚悟を決めました。
待つことが嫌いなマロニエ君としては、たかがこんなことが相当な気構えです。
かなり覚悟してかかると、意外にもサーッと一気に降りてくる場合もたまにあるので、その意外性に期待したのですが、この日はさにあらず、2台とも7階8階まで上がってしまい、しかもくだりも各駅停車に近いような動きでさんざんじらされました。
そして待ちに待ったあげく、ついに右側のエレベーターが地下2階に到着して扉が開き、中の2人の男性が降りると、そのおばさんが乗るのは自分が一番だという感じで一瞬身構えました。たしかにマロニエ君よりも一足早く来て待っていたのですから、そこは当然と思って一歩控えた感じでそのおばさんが先に一歩動いたそのとき、いきなりマロニエ君の前へ横に腕を出して、まるで交通整理のような仕草で人の動きを堰き止めておいて、「ベビーカーはお先にドーゾ、ドーゾ!」とあたりに響き渡るような身体に似合わぬ大きな声を発したのには驚きました。
そのベビーカーはマロニエ君よりも二人ほど後ろにいたのですが、マロニエ君は自分の主義として、車椅子はいかなる場合も優先だと考えますが、ベビーカーはこういう場面でも必ずしも優先されるべき特別な存在だとは思っていません。
もちろん状況にもよりますが、じゅうぶん乗れる状況であれば、とくだんの理由がない限り、お互い様であって、若い親が付いていることではあり、必要以上に優先する必要はないという考えです。
しかるにそのおばさんは、やたら大声を出して、ドアの前に腕まで伸ばして人の動きを阻止しようとするのですから、これはいくらなんでもやり過ぎというもんです。そんなに善行がしたいのなら、他者を巻き込まず自分の順番だけを譲ればいいのであって、それを周りにも有無をいわさず強要するのはまったく不愉快に感じました。
マロニエ君はそのおぼさんの妨害工作には従わず、伸ばした腕をすり抜けるようにして構わず中に乗り込みました。それで文句があるなら受けて立つと思ったからです。
するとベビーカーを「ハイドーゾ、ドーゾ!」と招き入れて、むしろそのベビーカーを押す女性のほうが「すみません」とは言いつつも本当は迷惑そうな感じでしたが、ともかく乗り込むと、すかさずそのおばさんは「何階ですか?」とこれまたエレベーター内で耳に痛いほどの野太い声で聞いてきました。
「3階です…あ、間違えた、2階です、すみません」というと、おばさんはベビーカーの赤ちゃんに向かって「ねー、おかあさん、どこで降りるかしっかりしてもらわなくっちゃ、困るわよねー!」と変わらぬ大声で言って、明らかに不自然な調子が浮き彫りになり、女性も困って苦笑いしながら、一刻も早く解放されたいという雰囲気がありありとしていました。
2階で扉が開くとそのベビーカーとあとの1人も降りてしまい、マロニエ君はそのおばさんとたった2人になりさすがに緊張しましたが、手の平を返したような沈黙で、3階に着くと、ドアがあくやいな、ササッと消えるようにいなくなりました。
なんだかよほど強い足腰を(そして声帯も)お持ちのようでした。
エレベーターというのは見ず知らずの他人と一緒に閉じこめられる箱ですから、やはり恐いですね。