デュカスのソナタでさらにもう一つ書き忘れていましたが、私の聴いているこのソナタのCDのピアニストはフランソワ=ルネ・デュシャーブルです。彼は名前から推察される通りフランスのピアニストですが、大変な力量といいますか、まさに世界第一級の実力と才能を持った逸物でした。晩年のルビンシュタインが心から推挙した唯一の若手ピアニストがこのデュシャーブルです。
この人はしかし、この溢れんばかりの天分を普通のピアニストとして濫費する事を良しとはしませんでした。とはいってもショパンやリストなどに多くの名録音を残しており、たとえばショパンの作品10/25のエチュードは、マロニエ君の手元にもパッと思い出すだけでも優に10人以上のCDがありますが、一押しはこのデュシャーブルです。
いっぽう彼ならではの珍しい録音も多くあり、隠れた名曲の再興にも力を尽くした本物の音楽家なのです。デュカスのほかサンサーンスの6つの練習曲(作品52と作品111)や、ソロピアノによるベルリオーズの「幻想交響曲」、プーランクのコンチェルトやオーバードなどは、普通ならなかなか見つけることの難しいCDです。
演奏もいかにもフランス人らしい泥臭さや贅肉のないスマートなピアニズムの持ち主ですが、決して線が細くはならず、シャープではあるが重量感とやわらかな体温も備えるといったもので、ちょっと例がないピアニストといえばいいでしょうか。
ところがもう10年以上も前のことだったような記憶ですが、デュシャーブルは商業主義主導のクラシック音楽界の現状に我慢がならないと声明を出し、いらい公共の場での演奏活動から身を引いてしまいました。
その引退セレモニーとして、ヘリコプターにグランドピアノを吊るし、衆目の中、池をめがけてこれを一気に落とすというショッキングなパフォーマンスを敢行して、コンサートピアニストとしての自分を葬り去ったそうです。
大変残念なことですが、本物の芸術家とは凡人に予測のつかないことをしでかすものです。
同時に、最近ではこの何をしでかすかわからないような芸術家もいなくなりました。