『韓国生まれの24歳、独特な演奏スタイルと類まれなカリスマ性をもつ魅力あふれるこのピアニストは、12歳でピアノ修行のため単身パリへ渡り、韓国の家族に自分の演奏を聴かせるため、ユーチューブに演奏姿をアップしたところ、たちまち話題となり50万ビューを記録。それが音楽関係者の目にとまり、EMIクラシックスからデビューが決定しました。』
これは韓国人ピアニスト、H.J.リムのレビューの文章ですが、なんとなく仕組まれた感じの内容という気がしなくはないものの、意志的な表情をした強い眼差しがこちらを見つめているジャケットにつられて買ってしまいました。
2枚組のベートーヴェンのソナタで、29,11,26,4,9,10,13,14番の順に収められています。
冒頭の29番はすなわち「ハンマークラヴィーア」ですが、その出だしの変ロ長調の強烈な和音からいきなりぶったまげました。
極めて情熱的で、その思い切りの良さといったら唖然とするばかりで、いわゆるベートーヴェンらしく重層的に構築された堅固な音楽にしようというのではなく、H.J.リムという女性の感性だけでグイグイとドライブしている演奏でした。
マロニエ君は技巧的にも解釈の点においても、ただ整然とキチンとしているだけで、創意や冒険のない臆病一本の退屈な演奏は好きではないので、個性的な演奏には寛容なつもりですが、それでもはじめはとても自分の耳と感覚がついていけず、なんという品位のないベートーヴェンか!と感じたのがファーストインプレッションでした。
その場その場の閃きだけで野放図に演奏しているみたいで、まるでこのピアノ音楽史上に輝く大伽藍のようなソナタが、ガチャガチャしたリストでも聴いているようで、これはちょっといただけない気がしたものです。
さらに気になるのはテンポの揺れといえば聞こえは良いけれども、あきらかにリズムが乱れていると思われるところが随所にあって、表現と併せてほとんど破綻に近いものがあるとも感じました。
すぐには受け容れることができない演奏ではあったものの、しかしこともあろうにベートーヴェンのソナタをこれだけ自在に崩しながら自分の流儀で処理していく感覚と度胸には、とにもかくにも一定の評価を下すべき女性が現れたのだと感じたのも、これまた正直なところでした。
全体をとりあえず3回ずつぐらい聴きましたが、だんだん慣れてくる面もあるし、やはりちょっとやり過ぎだと思うところもあって、評価はなかなか難しいというのが正直なところです。
それにしても、やはり最も驚くべきはハンマークラヴィーアで、この長大なソナタが目もさめる手さばきで処理されていくのは瞠目に値し、長いことピアノ音楽史に屹立する大魔神のように思っていたソナタが、想像外に引き締まったスリム体型でなまめかしく目の前に現れてくるのは思わずドキマギしてしまいます。
マロニエ君の耳にはどう聴いてもこれが純正なベートーヴェンには聞こえませんが、それでも音楽の要である生命感をないがしろにせず、どこを切り取ってもパッと血が吹き出るように命の感触に満ちているのは大いに評価したい点だと思います。
それにこの恐れの無さはどこから来るのかと思わずにはいられません。
実を言うと、マロニエ君は、現代の韓国はかつてのロシアとはまた違った個性で優秀なピアニストを輩出するピアニスト生産国のように思っていたところですが、そこへまた凄い個性が出てきたもんだと感嘆しているところです。
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HJリムをご紹介いただきまして誠にありがとうございます。
既にご存じでしょうが、6月にHJリムによるベートーヴェン・ピアノ・ソナタ・チクルスを浜離宮朝日ホールにて開催いたします。
ご来場いただければ幸いです。
今後とも、HJリムにご支援賜りますようお願い申し上げます。
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