書店で音楽雑誌を立ち読みしていると、ある日本人ピアニストがカーネギーホールデビューを果たしたということで、巻頭のカラーグラビアで大々的に紹介されていました。
さらにはその流れなのか、表紙もその人で、カーネギーホールとニューヨーク名物のイエローキャブ(タクシー)をバックに余裕の笑顔で写っていらっしゃいました。
まさに世界に冠たるこの街を実力で制覇したといった英雄のような趣です。
普通カーネギーホールというと、ホロヴィッツやニューヨークフィルで有名な「あの」カーネギーホールかと思いますが、実はカーネギーホールには大小3つのホールがあり、日本人の多くがコンサートをやっているのはウェイルホールという最小のホールのようです。
世界中のだれもがイメージするカーネギーホールといえば、あまりにも有名なメインホールのことだろうと思われ、ここは2800席を超す歴史的大ホールです。
19世紀末のこけら落としにはチャイコフスキーが指揮台に立ったことや、多くの名曲の初演(例えばドヴォルザークの交響曲「新世界より」など)がおこなわれるなど、まさに数々の伝説を生み出したホールです。
ピアニストに限っても、ラフマニノフやホフマン、ルービンシュタインなど音楽歴史上の綺羅星たちがこのステージに立って熱狂的な喝采を受けるなど、まさに100年以上にわたり音楽の歴史が刻まれた場所です。
さて、カーネギーホールとは云っても、ウェイルホールは座席数268と、規模の点でもメインホールのわずか10分の1以下の規模で、これで「カーネギーホールデビュー」というのも、まあ言葉の上ではウソではないかもしれませんが、ちょっとどうなんだろうか…と率直な感覚として思ってしまいます。
260席規模のホールというのはマロニエ君の地元にも有名なのがありますが、ニューヨークどころか日本の地方都市の尺度でも、それはもうかなり狭くて小さいところです。
現在のカーネギーホールは市の非営利運営だそうで、お金を出せば誰でも借りられて、さらに料金はどうかした日本のホールよりも安いぐらいだそうで、実際には無名に近い日本人演奏家なども箔を付けるため続々とこのウェイルホールでコンサートをやっているという話もあります。
そんな実態を知ると、ここでリサイタルをやったからといって、有名雑誌までもがそんな過大表現に荷担しているようでもあり、かなり異様な感じを覚えてしまいました。
これだから今の世の中、信用できません。
かつての歴史や権威性がブランドと化して、合法的に大安売りされるといった事例は枚挙にいとまがなく、なんとなくいたたまれない気分になってしまいます。
個人的には、カーネギーのウェイルホールで小さなリサイタルをするよりも、日本国内でも、例えば東京なら、サントリーホールや東京文化会館の大ホールでピアノリサイタルをすることのほうが、遙かに一人の演奏家としての真の実力と人気が厳しく問われると思いますが。