岡山の浜松ピアノ店の通信誌からもうひとつ興味深い話を。
浜松にある、巻き線の名人がおられる工場取材というものでした。
ピアノの低音部は、芯線に銅線を巻き付けた「巻き線」が使われることはよく知られていますが、この巻き方がとても重要であるにもかかわらず、現在では生産効率とコストの関係でしょうか、機械巻きが圧倒的に主流となっているようです。
しかし、本当にすぐれた巻き線は、名人の手巻きによるものだと云われています。
この道の名人に冨田さんという御歳67になられる方がいらっしゃるそうで、小学校の高学年の頃からこの仕事に携わり、すでに仕事歴60年近いという大ベテランだそうです。
どんなピアノでも気持ちのよい低音を確保するためには、巻き線の品質が重要だそうで、植田さんのお店では新品のピアノであっても、より良い響きを求めてこの冨田さんの巻き線に交換することがあるそうですし、修理の際の弦交換の場合はいつもこれを使っておられるそうです。
この名人冨田さんの談で、なるほど!と思ったのは、『ピアノの弦というものは、弦の材質もさることながら、同じピアノでも張る弦の太さで張力が変わり、張力が変わると音色も響き具合も変わる』というものでした。
品質はまあ当然としても、太さで張力が変わり、そこから音色や響きにも違いが出るというのは気がつきませんが、云われてみれば確かにそうだろうと、おおいに得心のいく気分でした。
現在の巻き線は機械巻きが圧倒的主流で、ピアノの聖地浜松でさえ、この手巻きのできる技術者が極端に少なくなっているのだそうです。さらにはその少ない技術者の方々は皆さん年配の方ばかりで、この分野の若い技術者が育っていないというのが現状とのこと。
これはつまり、将来、手巻きによる優れた巻き線は、よほどでないと手に入らなくなることが予想されます。
現代のピアノは製品としての精度はとても高いし、中にはなるほどよく鳴るものもあるようですが、いわゆる馥郁たる豊かな響きを持った、自然でおっとりしたピアノが生まれなくなってしまったという事を、こうした事実が裏付けているようでもあり、とても残念でなりません。
現代社会はどのようなジャンルでも効率や平均値は猛烈に向上しましたが、それは同時に一握りの輝ける「本物」を失ってしまうことでもあるような気がします。
その波が文化や芸術までも容赦なく呑み込んでしまうのは、どうにかして食い止めて欲しいところですが、時すでに遅しといった観があるようです。