名器は蘇る

夕方、時間が空いて、ちょっとうたた寝をしていると、5分も経ったかどうかというタイミングで電話がけたたましく鳴りました。

さるピアノ店のご主人からで、昨年秋にそのお店を訪問した際に、古くてくたびれた感じのニューヨーク・スタインウェイのM型が置いてあり、見た目も芳しくなく中はホコリにまみれて、調整もほとんど無きに等しい状態であったので、とくに意に止めることもしていませんでした。

ただ目の前にあるというだけの理由で、いちおう弾く真似のような事はしてみましたが、古くてくたびれたピアノというだけで、オーバーホールの素材にはなるだろうけれども、現状においては特に感想らしいものはありませんでした。

正直を云うと、個人的にはこれだったら日本製の新品の気に入ったものを買ったほうがどれほどいいかと思いました。それでもスタインウェイだからそれなりの値段はするのだろうし、果たしてこのままで買う人がいるんだろうか…と思ったほどでした。

そのピアノを、さすがにその状態ではいけないとここの社長さん(技術者)が思われたのか、はじめからそのつもりだったのかは知りませんが、ともかく今年に入ってオーバーホールに着手したという事は聞いていました。

マロニエ君がピアノの話なら喜ぶというのを知ってかどうか、別に買うわけでもないのに、とにかくそのオーバーホールの進捗を逐一報告してくださり、とりわけハンマーをニューヨーク・スタインウェイの純正に交換したことによる楽器の著しい変化については、熱の入った説明をたびたび(電話で)聞いていました。

ちなみに、スタインウェイのハンマーといってもハンブルク用はレンナーのスタインウェイ用で、フェルトの巻きが硬く、それを整音(針差し)によってほぐしながら音を作っていくのですが、ニューヨーク用ではまったく逆で、比較的やわらかく巻かれたフェルトに適宜硬化剤を染み込ませながら、輪郭のある音を作っていくという手法がとられます。

この社長さんによると、やはりニューヨーク・スタインウェイ用の純正ハンマーは楽器生来の個性に合っているという当たり前のような事実をいまさらのように強く体感された由で、弦も張り替え、塗装もやり直して、以前とは見た目も音も、まるで別物のようになったという話でした。
そして今回の電話によると、ある事情からこのピアノを吹き抜けのある天井の高い場所に設置してみたところ、アッと驚くような美しい響きが鳴りわたったのだそうで、「あれはなかなかのピアノだった!」と電話口で多少興奮気味に話されました。
つい「みにくいアヒルの子」の話を思い出しましたが、ともかくオーバーホールと調整と、置く場所によって、およそ同じピアノとは信じられないような違いが生じるという現実を、自分が案内をするからマロニエ君にもそこに行って、ぜひとも体験して欲しいというお話でした。

たいへん魅力的なお誘いで、近くならすぐにでも行きますが、そこは博多から新幹線で行くような場所ですから、いかにピアノ馬鹿のマロニエ君といえども二つ返事で行くわけにはいきませんが、やはり再び命を吹き込まれたスタインウェイというのは、元がどんなに古くてみすぼらしくても、ものすごい潜在力を秘めているんだなあと思わせられる話でした。
まだ自分でじかに触ったわけではありませんが、これが巷で云われるスタインウェイの復元力というものなのかと思うと、どんなものやらつい確かめてみたくなるものです。

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