あいまいな国境

楽器メーカーのゼネラルマネージャー兼技術者として海外で長く活躍された方をお招きして、ピアノが好きな顔ぶれと食事をしながらあれこれの話を伺うことができました。

ピアノビジネスの黄金時代は過ぎ去って久しく、今はメーカーも生産台数も激減、さらにはアジアの新興勢力の台頭によりピアノ業界の様々な情勢にも、かつては思いもよらなかったような変化が起こっているようです。

少し前に、チェコのペトロフピアノの社長さんが「ペトロフはすべてヨーロッパ製」と発言されたらしいという事を書いたところ、さるピアノ技術者の方から「建前はそうなっているけれども、一部に中国の部品を使っている」ということを教えていただきました。

どんな世界にも表と裏があるようで、様々な事実は、事柄によってセールスポイントにされたり、はたまた積極的に語られないなどいろいろのようです。

考えてみれば、日本のピアノでもヤマハがヨーロッパのハンマーフェルトを輸入して自社工場で加工して使っているとか、カワイにも機種によってはイタリアのチレサの響板やロイヤルジョージのハンマーを使ったモデルもあるし、両者共に多くのモデルはアラスカスプルースを使うなど、海外からの輸入品を必要に応じて使っていることは昔から当たり前です。

こう考えると、純粋に一社は言うに及ばず、一国、もしくはひとつのエリア内だけで産出された材料を使って一台のピアノを作り上げると云うことのほうが、もはや難しいのかもしれません。
フランスのプレイエルに至ってはコンサートグランドのP280は、丸々ドイツのシュタイングレーバーに生産委託しているというし、そのシュタイングレーバーやシンメルは以前から日本製のアクションを使っているとのことで、その実情は様々なようです。

純アメリカ産モーターサイクルとして名高いハーレーダヴィッドソンも、そのホイールは長らく日本のエンケイなんだそうですし、多くのヨーロッパ車が日本のデンソーのエアコンやアイシン製オートマチックトランスミッションを載せているのは今や普通のことで、イギリスのミニに至ってはBMW製で既にドイツ車に分類されているなど、驚かされると同時に、ときに我々はそれを「安心材料」として捉えている場合さえあるほどです。

エセックスが中国で作られ、ボストンもディアパソンもカワイ製、ユニクロもアップル製品も中国製だし、要するに今や政治的な国境線を遙かに跨いで、さまざまなビジネスが自在に往来しながら効率的に成り立っていると云うことだと思います。驚いたのは、ニューヨーク・スタインウェイの純正ハンマーは日本の有名なハンマーメーカーが作っているという話まであるらしく、中には虚実入り混じっている部分もあるかもしれませんが、マロニエ君はこれを追求しようとは思いません。
ことほどさように物づくりの現場においては良いと判断されれば(品質であれ価格であれ)、現代の製造業はどこからでもなんでも調達してくるのが当たり前になったということを、我々は認識すべき時代になったことは間違いないようです。

とりわけピアノ製造のようにきわめて存立の難しいビジネスでは、理想論ばかりを振りかざしていても仕方がなく、相互に補助し合い、需給を生み出すことでコストや品質を維持するのは自然でしょう。

まあ、日本などは食糧自給率が40%と、ピアノなんぞのことをつべこべいう前に、自分達の食べ物の心配をしろということになるのかもしれませんが。

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