一昨日の夜は久しぶりの田中正也ピアノリサイタルに行きました。
曲目はショパンの英雄、子守歌、op.48のハ短調のノクターン、ベートーヴェンの熱情、ラヴェルの夜のガスパールからオンディーヌ、ラフマニノフのエチュードタブローop.33-9、スクリャービンの3つの小品、プロコフィエフの7番の戦争ソナタ、アンコールはワーグナー=リストのイゾルデの愛の死、リストのカンパネラという、ずっしりしたものでした。
田中正也さんのピアノはすでに何度も聴いていたので、ある程度の予想はしていたところ、わずか2、3年の間に著しい変化が起こっているのは驚くべきことでした。冒頭の英雄で「んっ?」と思い、ノクターンに至ってそれはやがて確信に変わりました。
10代の半ばからロシアに渡り、モスクワ音楽院で修行され、とりわけパーヴェル・ネルセシアンに師事したことが彼の根底となるピアニズムを決定したという印象があり、良くも悪くもネルセシアン臭を感じないわけにはいかない演奏であったことが、これまで聴いた彼の特徴だったように思います。
ところが今回の田中さんはかなり違っていて、見事に一皮剥けたというか、独りよがりではない客観性が備わり、いずれの作品も磨かれたレンズではっきりと見通せる好ましい演奏に変化しているのには驚きました。
どこか恣意的で自己完結風でもあった演奏が、あきらかに人に向けて聴かせるに演奏になり、説得力のある堂々たる音楽を紡ぐピアニストへ変貌していました。
テクニックは以前から見事なものがありましたが、それに心地よい曲の運びと情感が加わったのは、まさにそこが以前の彼には足りないと思っていたものだっただけに瞠目しました。
さらには、ほどよい緊張とリラックス感の調和が取れており、聴く側もまったく安心してその演奏に身を委ね、彼の演奏に乗って音楽を旅することができました。
ごまかしのない丁寧さがありながら、音は決して痩せることがなく、分厚い響きや、ときには轟音のような力強さも兼ね備えているし、クオリティも高くなかなか立派なものです。
終始ゆるぎのない、筋の通った見事なピアノリサイタルで、過去に聴いた田中正也さんの演奏会中、最もよい出来映えであっただけでなく、おそらくマロニエ君があいれふホールで聴いたコンサートの中でも最高レベルのものだったと思われ、久しぶりにピアノらしいピアノを聴いた気分で会場を後にしました。
そのあいれふホールですが、マロニエ君は後ろから2列目の席で聴きましたが、あいかわらず音が鋭くわめくような響きのホールで、音響的には快適とは言えないものでしたが、これは如何ともしがたいところです。
ピアノはここのスタインウェイで、ちょっと違和感のある調整でしたが、田中さんはそれをものともせず、まったく手抜きのない素晴らしい演奏によってホールやピアノの不備を見事に覆い隠してしまい、途中からそんなこともまったく気にならなくなりました。
逆説的な言い方ですが、少しぐらいの不備があったほうが却って演奏家は真価を発揮しやすいのでは?という気さえしました。完璧に調整されたピアノを、理想的な響きのホールで弾くのでは、なにやらあまりに条件が整いすぎという感じで、弾く方も聴く側もどことなく居心地が悪いようにも思います。
もうひとつ、改めて感銘を受けたのはスタインウェイの底知れない真価でした。少々の不調などものともせず、重量級の曲をどれだけ壮絶に追い込んでも、激しい和音がどれほど折り重なっても、決してピアノが崩れるということがないのは呆れるばかりで、その比類ない音響特性の逞しさは、まさに圧倒的なものがありました。
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