ホジャイノフ

ロシアの若手ピアニスト、ニコライ・ホジャイノフのリサイタルがBSで放映され、やっとその録画を見ました。

今年の4月19日に行われた日本公演の様子で、会場は武蔵野市民文化会館小ホール。
曲目はプロコフィエフのソナタ第7番、ショパンのバラード第2番、シューベルト幻想曲さすらい人で、初めのプロコフィエフの演奏が始まってすぐに、これはなにかありそうだと直感しました。

全体に実のある、流れの美しい演奏で、戦争ソナタでさえも非常に澄んだ叙情性を保ちながらこの暗いソナタの内奥に迫りました。全体的に3つの楽章が自然と繋がっているような演奏で、プロコフィエフの蔭のある香りのようなものが、叩きつけるような攻撃的な表現でなしに、気負わず自然に(しかも濃密に)描き出してみせるその手腕は若いのに大したものだと思いました。

さすらい人でも詩情が豊かで、衒いのない、自然に逆らわない流れが印象的でした。しかも繊細さや作品の意味などをわざと誇張してみせるようなことはせずに、攻めるべきところはどんどん攻めながら果敢に弾いているのですが、その合間からシューベルトの作品が持つ悲しみがひしひしと伝わってくるのは見事だったと思います。

彼はまだ20歳で、モスクワの学生とのことですが、すでにはっきりとした自己を持っており、単なる訓練の成果をステージ上で再現しているのではなく、音楽の内側にあるものを自分の知性と感性を通して表現しているピアニストでした。
テクニックなども立派なものですが、いかなる場合も音楽上の都合と意味が最優先され、そのために僅かなミスをすることもありますが、ひたすらキズのないだけの無機質で説明的な演奏ばかり聴かされることの多いなかで、ホジャイノフの内的な裏付けのある演奏を聴いていると、そんなことはほとんど問題ではなく、純粋にこの人の演奏を聴く喜びが味わえたように思いました。

唯一残念だったのは、真ん中で弾いたショパンで、これだけは評価がぐんと下がりました。
合間のインタビューでは、バラードの2番が持つ静寂と激しさのコントラストが好きだというようなことを言っていましたが、それを表現しようとしているのはわかるものの、作品とのピントが合っているとは言い難く、このバラードの本来の姿があまり聞こえてこなかったのが残念でした。他の作品であれだけ見事な演奏をしているわけですから、おそらく彼の資質とショパンの音楽がうまく噛み合わないだけかもしれません。

ショパンの作品は本当にたくさんの人が弾きますが、実際にショパンと相性のいいピアニストというのは滅多にいないことがまたも証明されてしまったようでした。ショパンは演奏者の多様な個性に対してあまり寛容ではありませんから、そこにちょっとでも齟齬があると作品が拒絶反応をしてしまうようです。

このホジャイノフは、2年前のショパンコンクールでファイナルまで進みながら、入賞できなかったのですが、それはこのバラードひとつを聴いてもわかるような気がしました。
どんなに優れた演奏家にも作品との相性というものがあり、彼は今のままでも十二分に素晴らしい演奏家だと思いますし、ピアノのレパートリーは膨大ですから、今後が非常に楽しみな逸材だと思いました。

ピアノはヤマハのCFXでしたが、印象はこれまでしばしば述べてきたことと変わりはありませんので、とりあえずおなじことを繰り返すのは控えますが、陰翳が無く不満が残ります。
ただし、シューベルトのような曲では、このピアノの良い部分がでるように思います。

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