ようやく梅雨が明けたのはいいのですが、我が家の庭には、今年の梅雨の途中からたいそう不気味なものが現れています。
はじめてそれを見たときは、朝方から激しく降り続く雨でうっすらとぼやけた視界の向こうに、いやに生々しい白っぽい物体が浮かび上がっているようで、目の錯覚かと思いつつゾッとしたものです。
以前、お隣との境界線近くにわりに大きな木があったのですが、どうしたわけかその木は隣家の敷地へばかり枝を伸ばし、落ち葉はもちろんのこと、これ以上成長しては隣家に多大な迷惑がかかるために、やむを得ず引き抜いてしまうことになりました。
とはいって胴回りが1m以上はありそうな木だったため到底素人で手に負えるものではなく、植木屋さんを呼んでその旨を伝えました。ところが、これぐらいの木になると地中にも相当強い根が張っていて、専門家をもってしても簡単に引き抜くなどできわけがないと、当方の無知を薄笑いされるほど。どうしてもやるというのなら重機などを使った相当大がかりな作業になるといわれました。
しかし、まるでお隣の敷地に寄りかかるごとく盛大に太い枝々を伸ばしている状態をこれ以上放置するわけにもいかず、引き抜くのは無理だから、そういう事情なら切ってしまうこと勧められ、やむを得ずそうすることになりました。
果たして植木屋さんが切ったのは(いまだにその理由はわかりませんが)、地面から1メートルぐらいの部分で、おかげでその後は太い切り株というよりは、もっと背の高い、奇妙な太い木のオブジェみたいな恰好で我が家の庭の隅に居残ることになりました。
それから数年間というのはとくにこれという変化はなく、ときどきあらぬ方向から新芽が出てくるので、まだ生きているらしいとは思いつつ、そんな新芽をそのままにしていると、気がついたときにはまた手遅れになることになるので、早め切ってしまいます。
この切断された太い木は、目立たない普通の木の色をしていましたが、今年の梅雨も半ばに差しかかった頃、ある朝、気がつくとハッとするほど白くなっていて、それもちょっとやそっとの変化ではなく、まるで人の手で色をかけたようなあからさまな白色に変わっています。
まずは、ただ驚き、とっさに何かこの長雨のせいだろうと推量しましたが、なんとなく近づくのも薄気味悪いのでうっちゃっていましたが、数日後やはり気になり、思い切って傍まで見に行ってみることにしました。
近づくにつれて、それは想像以上の不気味な様子に変化していることがはっきりしてきて、思わず肌が粟粒立ちました。
全体にびっしりと分厚くて白いスポンジのような物体が覆い被さり、嫌だったけれど、おそるおそる指先で押すとかすかな弾力がありました。
きっと変な種類のキノコかカビか、とにかく今年の厳しい梅雨がもたらした熱帯雨林みたいな環境のせいで、そんなようなものがこの背の高い切り株を覆いつくしてしまったのだろうと直感しました。
こんなもの、どうしたらいいものか…何ひとつ対策も考えも浮かばず、仕方なくそのままにしていますが、部屋の窓から見ると、梅雨の明けた強い陽射しの下に、まるで巨大な怪物の骨がゴロンと庭の向こうに置かれているようです。