内村航平

オリンピックもほとんど熱心に観ることのないマロニエ君ではありますが、唯一、体操の内村航平選手の演技だけは見たいものだと思っていたところ、昨日の夜中、「今やっている」と教えられてようやく途中からですが、ライブで見ることができました。
おまけに結果は金メダルですから文句なしです。

彼はひとことで云うなら「天才」だと思います。
むろん他のどの選手も、ここまでくるにはずば抜けた才能と努力があったのは云うまでもありませんが、内村選手には、そういったありきたりな要素ではとても収まりきれないものを以前から感じていました。

努力努力の積み重ねも尊いものですが、一観戦者として演技を見る場合、マロニエ君はなにか突き抜けた天才的なものに触れることに喜びを感じ、そこに非日常的な感銘と刺激を受けたいと思うわけです。

これは音楽であれ美術であれ、天才という、どうにもならない、常人が越えがたい領域に住むことを許された者だけが放つ、一種独特な輝きに魅せられるときの快楽みたいなものが身についているからかもしれません。

内村選手はその佇まいや、顔の表情からして他の選手とはまったく違ったものを感じます。
いつもどことなく伏し目がちで、一見無表情のように見えますが、それが却って彼独特の激しい内面の表れのようでもあり、燃えたぎる闘志の裏返しのようにも解釈してみたりします。
同時に彼のそこはかとない静けさのようなものが、天才特有の孤独性のようにも感じられる…。

スポーツ選手特有の汗くさい、動物的な、ぎらぎらした感じがあまりなく、いつも淡々と自分自身と向き合っているような気配も、並の選手には見られない特徴でしょう。

演技自体の専門的なことはまったくわかりませんが、素人目に感じることは、他の人と比較して動きが非常に軽やかで大きく、閃きがあり、ひとつひとつの動きの緻密さと全体の躍動が有機的に自然につながっていることでしょうか。
無理を重ねて苦しみ抜いている印象がなく、乗れば乗るほど演技が凄味を増し、むしろ解放へと向っていくところにも彼の尋常ではない天分を感じます。

今回はそれでも、オリンピックということもあってか、全体として慎重確実な演技でまとめる意志が働いていたようですが、いつだったか、国内での大会で見せた鉄棒の脅威的な迫力とスピードなどは、恐ろしいようなものがあり、その実力は底知れぬものがあるのでしょう。

彼こそ金メダルに相応しいとは思っていましたが、やはりオリンピックの本番というのはなにが起こるかわかりませんから、ともかくも、その通りの結果が出てホッとしているところです。

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