聖トーマス教会合唱団

NHKのBSで放送されるプレミアムシアターは、音楽に関する興味深い映像を見ることのできる貴重な番組ですが、過日放映された「聖トーマス教会合唱団のドキュメンタリー~心と口と行(おこな)いと命~」は、とりわけ心に迫るものがありました。

バッハといえばライプツィヒ、ライプツィヒといえばバッハ。
ほかにもメンデルスゾーン、ブリュートナー、そしてゲヴァントハウス管弦楽団であり、バッハが音楽監督としてつとめ、彼の墓もそこにある聖トーマス教会といった連想をしてしまうほど、この地はバッハの音楽とその魂が地中深くまで染み込んでいるような印象です。

聖トーマス教会合唱団はなんと創立800年!!なのだそうで、そこに在籍する9~18歳の少年たちの寄宿生活と音楽への献身ぶりにカメラが入りました。

各地から集まった少年というよりは子供達の中から、厳しく選ばれた者だけがこの歴史的な合唱団への入団を許されますが、その栄誉と引き換えに、10歳になるかならぬかの若さで、住み慣れた我が家と両親に別れを告げて、この合唱団の仲間との生活に入らなくてはなりません。

ホームシックに耐えながら、彼らはトーマス校での勉学と歌の練習に明け暮れます。厳しい寄宿生活には楽しさもあるけれども、いわゆる個人のプライバシーとか自由といったものとはほとんど無縁で、厳しい集団生活のルールの中に組み入れられます。
新入生の直接の面倒を見るのは上級生の役割で、いろいろな指導から生活の世話をやく兄の役目まで、この合唱団のメンバーが第二の家族となり、寝食を共にしながら、バッハの音楽を中心とする厳格な音楽生活を送るのは驚きでした。

こんなに幼い少年の頃から寄宿生活を強いられ、同時に荘厳かつ豊饒なバッハの音楽の中に身を置いて10年間を過ごすというのは、人生経験として途方もないことだと思います。
もうそれだけで人々の尊敬を集める立派な音楽家であり、卒業間近の青年達は二十歳前というのに皆おだやかな大人のような眼差しをしており、高い人格教養まで身につけているようでした。
謹厳な先生達の面々、聖トーマス教会の圧倒的建築、周辺の威厳に満ちた街の景色、美しい、まるで絵のような森や植物など、とにかくあまりにもなにもかもが違っていて圧倒される他はありません。

どこがどうというような次元の話ではなく、そこにある空気、差し込む光、すべてのものが独特で、根底に流れる精神的価値がまったく違うのは、いわば世界が違うことでもあり、ドイツには今でもこういう部分があることに感嘆しました。
西洋音楽は、国境や地域を越えて広がった共通文化となりましたが、それでも、その地に生まれ育ったものでなくてはわからない機微や領域というものがあるのは確かだと思います。

唐突ですが、今回のオリンピックでは日本の男子柔道が史上初の金メダルなしという結果に終わったのだそうですが、その要因として、日本人は「一本」に拘るからという意見がありました。
でも、柔道のことなど何も知らないマロニエ君から見ても、柔道をするなら一本に拘るのは理屈抜きに当然だろうと思います。それが今後、もし、国際試合に勝つために、判定基準に合わせて、ちびちびと小技のポイントばかりを掻き集めていくような柔道になるとしたら、それは一気に柔道の本質的な精神と魅力を失うような気がします。

聖トーマス教会合唱団のバッハには、歴史の遺物をただ敬うだけではない、まさにその本質と魅力が今も受け継がれて脈々と流れているようでした。

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